テキスト

□優しい人へ
3ページ/5ページ

私にとっての世界には人間は二人しかいない。
トモと、オトウサンだ。
オカアサンは滅多に私には会わないし、孝司だって会わない時間のほうが多い。
オトウサンにだって、もうずっと会っていないけど。

トモは幸せになれるんだろうか。
私はトモほど長生きできない。
ずっと一緒にいてあげられない。
私はめだかであることを不幸に思った事は無いけれど、残念に思うのはトモがいるからだ。


「トモ。智絵ちゃん。」


彼女の名前を呼んだ。
私の小さな声はトモにしか届かない。蚊の鳴くような小さな音を、彼女だけが拾ってくれる。
彼女の名前を、呼んだ。


「やっぱり私がいないと寂しいんだ」

扉を開けるトモの姿を見て苦笑した。
帰って来るの早すぎるよ。

ただいま、とも言わずに、おもむろに彼女は手に持った花を私の部屋である金魚鉢へ挿す。
紫色の、見たことの無い花。

「なあに?」

「サルビアだよ。綺麗でしょ?買って来た」

トモが笑った。
いつも仏頂面のトモが。

「…りらの部屋に入れとくと、お花、臭くなるよ?」

「いいよ。りらは臭くないし」

紫色の花びらが、水面に浮かぶ。
ゆらゆら、ゆらゆら。

こんな時、人間なら涙を流すのだろう。





「でも、咲ききってるやつだからすぐに枯れちゃうかもね」



次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ