テキスト

□腫瘍`
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「地球にキスしてみたくなったのさ」


その一言で八恵子は恋に落ちた。



自分でもわからない。初めて、しかもたったの一言で人を好きになったのだ。
自分が人を好きになったという事実が何故か恥ずかしく思えて、1時間目の授業中八恵子は泣きそうになった。
私、どうかしてる。
そうだ、きっと調子が悪いんだわ。すみません先生、保健室へ行ってもいいですか。
八恵子は教室を出ると深く息を吐いた。


しまった。

保健室。目の前には保健の先生、と、
あの男。

「いたい!いたいってば陽子ちゃん、しみる!!」

陽子というのはこの養護教諭の名前である。
40ほども年上のこの教諭を陽子ちゃん、と呼ぶにはあまりに抵抗があるような気がした。

「そりゃ顔ぶつけて転んだら怪我して当然。」

立花陽子は冷たく返すと男の顔に小さなガーゼを貼り付けた。
その様子を黙って見ている八恵子。

「そこに名前と症状書いといて」

ようやく立花教諭に気付かれると机をアゴで指される。
これに書くのか。
八恵子は実は保健室に来るのは健診以外では初めてで、机の上のノートをじっくり見た。
一番新しい書き込みを見る。

2-B13 西野エデン 擦り傷

「エデン?」

思わず口に出す。

「え、何?」

男が答える。


八恵子は理解した。この男が「西野エデン」なのだ。

「あー、えっと、冗談みたいな名前でしょ」

にこにこしながら男が答えた。
赤くなる耳。
うつ向く八恵子。

「ハイ、あんたはさっさと教室戻る」

「ぶえー、何で!」

八恵子がうつ向いている間に時間は進む。
手当ての終わった西野は保健室の扉に手を掛けると、

「じゃーね」

振り返り、微笑んだ。
どうしよう、行っちゃう
何か言わなきゃ、
しかし扉は無情にも閉められた。
あ、う


遮断。
空間。
さっきまで、あなたがいた、


八恵子は扉を見つめ続ける。
陽子はそんな八恵子に声をかけるかかけまいか迷い、結果、沈黙を破る事にした。

「何でアンタ無視してたの?」

無視?
…私、返事、してなかった。

八恵子はうなだれた。
そもそも私、何でここに来たんだっけ。


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