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□ひとりぼっちの音
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ずっと私はりらといた。


「お父さーん、水槽の中にちっちゃい人間がいる!」
「ああ、それメダカだよ。」
「でも人間の形してるよ?」
「でもメダカなんだよ。りらっていうんだ、可愛いだろう?」
「うん!」
「トモ、お前にあげるよ」


りらは水の中でしか生きられない。細くて、小さくて、白くて、とても可愛い、私の妹だ。

りらはご飯を食べる時小さい口をパクパクさせながら一生懸命に食べる。
りらのご飯は、ペットショップで買ってくる。いくら見た目が人間でも、人間のご飯は食べられないらしい。
「トモ」
か細い声でりらが私を呼ぶ。
りらには私しかいない。お父さんがいなくなってから、私にはりらしかいない。
「水が見たい」
りらはそうやって時々川を見たがった。
私はりらを瓶に移し、そっと近くの川へ出掛ける。
「きれいだね、トモ」
りらはきっと川に帰りたいんだと思う。でも私はりらにここにいて欲しいし、りらは私の手元にいないときっとすぐに死んでしまう。
「りら、帰りたいの?」
「ううん」
その、とても小さな頭を横に振ると、りらはガラスの向こうを静かに見つめた。
「オトウサン、どうしていなくなっちゃったのかな」
私は何も答えることが出来ず、りらと同じように流れる水を見た。
そういえばこの川はどこへ続いているのだろう、この川は小さい時から知っていたのにその行き着く先を私は知らない。
どこまでも続くような気がするし、どこかですぐに終わってしまうのかもしれない。
何だかそれは私とりらの関係に似ている気がして、瓶を強く抱き締めた。
どこにも行かないで、なんて私のエゴなのだろうか。ならば、そうだね、私はどこにも行かないよ。
「帰ろう、りら」
川に映る夕焼けを見た。
瓶の中の小さな女の子を見た。
私の中のひとりぼっちの音を聞いた。
私の長い髪が揺れる。風が吹くと、どこかでカレーの匂いがした。


END

昭和50年代。メダカと、メダカと暮らす女の子の話。

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