テキスト

□はちがつ
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「久し振りだね」

私はそう言うと何も言わぬ彼の前に座り込んだ。8月の風が肌に貼り付く。
(ああこの感じ)
あなたと初めて会ったときも、こんなうだるような暑さだったね。ね?
そう問い掛けてみても、やはり返事が返って来ることはない。

「やっぱ何も言ってくれないんだぁ。昔はもっとお喋りだったのにな」

少し口を尖らせて言いつつも、本気で言葉を求めているわけではないのだ。
彼もそれを分かっているはず。
二人が楽しく過ごした日のことを思い出す。思い出は色褪せないと言うけれど、彼との日々は色褪せるどころか時が経つほどに美しく色鮮やかに彩られていく。あの頃の何もかもが愛しい。
もちろん今も彼を愛していることに変わりは無いのだが、やはりどうしようもなく切ない。寂しい。私は弱い。
けどそれすらも、私が彼のことを好きだと言う証明のような気がするから。

しばらく彼と黙って向き合っていたが、時間が迫っていることに気付き腰を上げた。
名残惜しいが、またこの場所にくれば会えるのだ。
彼の声は聞けなくとも、魂はここに眠っているのだから。
泣きはしない。彼の前で私は泣いたことがない。だっていつでも笑っていたもの!

「いつまでも大好きよ」

花を手向けた。

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