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□言葉の無い感情
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朝は嫌いだ。


「…智絵」
少し低めの声で私の名前を呼ぶその人のことも嫌いということにしておく。
「また来たの」
「今日は学校、来るか?」
布団にくるまっている私には見えないけど、そんな優しそうな顔をしないで。
「行かない」
その一言ですぐに諦めてしまうくせに、毎日同じことを訊きに来ないで。
「そっか。…久子も心配してるから。明日は来いよ」
静かにドアは閉まる。ノックも無しに入ってくるから嫌い。いい人そうにするから嫌い。久子の話なんてするから嫌い。
「トモ」
りらが私を呼ぶ。
「今日で三ヶ月だよ」
「わかってるよ」
私が学校を休むようになって三ヶ月になる。別にいじめられているわけじゃないし、病気でもない。
友達はいない。みんな上辺だけの付き合いだ。みんな同じ顔をして、みんな同じ物を褒め、みんな同じ物を食べる。
みんな同じなのだ。私を可哀想な目で見るのだ。
「孝司、毎日来るね」
「幼馴染みが不登校なんて恥ずかしいからじゃないの」
「トモ、孝司のこと好き?」
りらは何も考えてない。何も考えていないからこそそんなこと訊くんだ。
大嫌いよ。孝司なんか世界で一番嫌い。
そう言いたいはずなのに、私はどうも口をつぐんでしまう。
「久子ってだれ?」
やっぱりりらは何も考えてはいなかった。メダカだもん。やっぱり人間の気持ちは分からなくて当たり前。でもそれだけには触れないで欲しかった。
「孝司の、彼女」
それだけ言うと私はもっと深く布団に潜る。
髪の短い、ひまわりのような笑顔の女の子を思い出す。明るくて、勉強も出来て、誰にでも好かれる女の子。
私とは正反対で…
「それって特別なの?」
「え?」
「孝司は、トモのこと特別だと思うよ」
なぜりらはそんなことを言うのだろう。私と孝司はただの幼なじみなのに。
「りら、トモのこと特別だもん。わかるよ」
私はそっとりらの入った水槽に手を伸ばした。
私達はまだあまりにも子供で、何も本当の事を解っていないのかもしれない。目に見えるものが全てで、そう思っているからこそ傷ついて。
私は孝司が嫌い。けれどどうしても突き放せないのは、少しだけお節介を嬉しいと思うのは、好きなわけじゃなくて…
そんな、言葉の無い感情が怖いから、今は…
「私も、りらが特別だよ」
水の中の女の子は笑った。
その笑顔はどこか悲しそうだったけど、それがどうしてかを知ることはきっとずっと無いだろう。

END

素直になれない子。

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