テキスト

□ノエル
1ページ/2ページ


「……最悪。」

電話越しに、今にも死にそうな声で「助けて」なんて言うもんだから急いで駆け付けてみればただの風邪。
やっぱり来てくれたんだぁ、と鼻の頭を真っ赤にし、寒さに身を震わせながらヘクチュン言ってる彼はあたしの恋人。

「あんたねー!強盗にでも刺されたのかと思って心配したのに!」
「僕、一人暮らしだよ?風邪ひくなんてめちゃくちゃ一大事じゃんか」

奴はそう反論すると、またゲホゲホと咳を漏らす。
それに合わせて、彼の茶色く柔らかな髪が揺れた。

まったく、私は何故こんな奴と付き合っているのだろうかと考える。
単純、年下、そのくせわがまま。身体だってひょろくて頼りなくて、うざったいほど無邪気で愛嬌だけが取り柄の大馬鹿者だ。
ある時は「チョコレートの海で溺れてみたい」なんて言いながら浴槽一杯に溶かしたチョコを流し入れた事がある(熱くてとても入れたもんじゃなかった、そして良い温度になった頃には固まってしまって掃除が大変だった)。
ある時は「ギネスに載ってやる」とか言ってご飯も食べずに一日中ドミノを並べてた事だってある(結局場所が足りなくて二日目で挫折した)。
そんなことばっかりするもんだから貯金は殆ど無いし、食事はいつもあたしの奢り。
……別れてやろうかと思うことも少なくはない。

それなのに

「雪だーーー!!!」
「ちょ、ちょっと!」

勢いよくベッドから起き上がると、パジャマのままで外に出る彼。風邪をひいているのに、そんな薄着で外に出るなんて!
それを追うようにあたしも上着をひっ掴むと、飛び出るように外に出る。
真っ白な雪が、しんしんと舞い落ちて来る。
道の真ん中に佇む彼は、空に向かって目を閉じると大口を開けていた。

「何してんの」
「雪、食べたいな〜」
「風邪よけい酷くなるよ」
「いいよ」

彼の目は開かれる。
それは静かに私を捕らえると、にっこりと笑って三日月型を描いた。

「だって、そうすればずっと傍にいて看病してくれるでしょ?」

そんな言葉に何度ほだされて来たんだろう。
その度にあたしはどうしても彼を許してしまう。反則だ、とも思う。やっぱりどうしたってあたしが苦労するんじゃないか。

可愛いなんて思ってやらない。
そのかわり、あとちょっとだけあんたに付き合ってあげる。
そうだね、あと百年くらいは傍にいてあげてもいいかな。




END


あとがき→
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ