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□不幸の先には幸せが *山獄
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謝り続けるおっさんをよそに腕を締め上げたまま、彼は俺に笑顔を向けた。
「もう安心っスよ」
次の駅で降りた俺達は駅員におっさんを突き出し、何分後かに駆け付けた警察に状況を話した。
放心しきった俺の代わりに、彼が細々と状況を話してくれたおかげで早く話は終わった。
また後日警察に顔を出さなければいけないらしい。
「もう帰れますよ」
そう言って俺の元に近付いて来た彼はベンチで休んでいた俺の横へと腰を下ろした。
「あの…ホント、ありがとうございます。なんてお礼を言ったら良いか……」
「そんな気にしなくて平気っスよ」
手をプラプラ振って言われるが、さすがにここは引けない。
もちろん助けてくれたお礼をしたいのもあるが…
(…少し、気になる。)
「いや、でも…悪いっスよ」
俺がしつこくそう言うと彼は、顎に手を添え困った顔をしながら少し考えているとすぐにヘラッと気の抜けた笑みを見せた。
「んー、そうだなー…それならちょうど腹も減ってきたし、気晴らしに飯でも食いに行きましょうよ?もちろん奢りでお願いします」
ニコリと見せた笑顔に思わず顔が緩みそうになるが、すぐに顔を引き締めた。
「はい、じゃあ行きましょうか」
職場には連絡もしてあるし、さすがに仕事をする気にもならない。
ベンチから腰を上げた俺達は駅を出て、近くの定食屋に入る事にした。
警察とのやり取りもあったせいか、すでに11時を回っていた。
俺達サラリーマンにとっては胃の虫が鳴き始める頃。
俺はランチ、彼は生姜焼定食を頼み、やっと一段落ついた。
彼の了承を得て煙草に火を付けた所で、彼の名前を知らない事に気付いた。
今更聞くのも気が引けるが、さすがに知らないのも気まずい。
煙を彼にかからないよう吐き出しながら、俺は彼の方へ体を向けた。
「あの…自己紹介まだでしたよね」
少し遠慮がちに言うと、あぁそういえばと高らかに笑い声をあげ、サラリと自己紹介をしてくれた。
彼の名前は山本武さん。
スーツを着ているが、寿司屋の板前をしているらしい。(全く板前に見えない)
今日はいつも通り市場に行ってネタを買い取りに行く所だったらしい。
「まぁ毎日行かなきゃいけないわけじゃないんだけど、やっぱり板前としてのプライドってのがあってさー」
コロコロと表情を変えて話す山本さんは、凄く魅力的に見えた。
俺とは全く正反対。
「俺は獄寺隼人。ある社長の…まぁ秘書みたいな事をやってるんス。社長の人柄に惚れて、今までやってきてて…」
俺が話し始めると、何回も頷きながら楽しそうな笑顔で話を聞いてくれた。
飯が運ばれて来てからも、話すのに夢中でほとんど料理も手付かずだった。
俺達の関係が深まるのにはそこまで時間はかからなかった。
「へぇーじゃあ俺らタメなんスね」
「そうみたいだな。…じゃあ敬語はやめるのなー」
不思議な口調でありつつも、例え距離が縮まってもあどけなさは変わらない。
そこがまた、安心感を与えてくれる。
やっとの思いで料理を食べ尽くし定食屋を出たが、お互い物足りない表情を見合わせた。
「…じゃあ、俺そろそろ行くんで」
いつまでもこんな事してたら社長に迷惑をかけてしまう…そう思った俺は軽く礼をして立ち去ろうとしたが、背を向けてすぐ腕に強い力が伝わる。
山本さんが俺の腕を掴んでいた。
「山本……さん?」
「…え…、あ、わりっ!」
咄嗟に掴んだのだろうか、掴んだ本人はオドオドと焦りながら、俺の腕から手を離した。
困った顔をして、モゴモゴと理由を呟く山本さんを見ていて、思わす顔が緩む。
その俺の一瞬のにやけ顔を見て何を思ったのか、山本さんは嬉しそうに俺の顔を覗き込んできた。
(…何だ?)
「…獄寺さん、そういう顔もするのな」
「…は……?」
「今の顔、凄い可愛かった」
「…はぁっ!?」
(やけに笑顔だな、なんて思ってたらそんな事考えてたのかよ!
可愛いなんて、男に言う台詞じゃねーだろ…!
しかもなんで俺顔熱くなってんだ…!)
恥ずかしさが頭中を駆け巡り、いつまでも笑顔を崩さない彼を見た瞬間、俺の中で、何かが切れた。
「〜〜ッ何言ってやがんだ!可愛いわけねーだろーが!大体可愛いなんて男に言うもんじゃ………あっ」
一気に血が昇ったせいか、素が出た。
実はめちゃくちゃ口が悪い俺。
しんと静まった山本さんを見ると、もちろん驚きの顔。
(やっちまった…)