Novel

□夏の吐息
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その真剣な眼差し…、その瞳に何を映しているの?


暑い…まだ初夏だというのに、車内は蒸し風呂のようになっている。

(うう、ちょっとだけ冷房いれよ…)

あたしはじっとりとした指でボタンを押す。

ボォォォォォォォ…

少し耳に障る音が噴き出す。
ああ、これで涼しく…って…温風が出て来てるじゃない!
待てど暮らせど冷たい風は、噴き出し口から出てこなかった。


・・
・・・

「…と、いうわけなのよ!」

あたしはコーヒーの香漂う研究室の机を叩きながら、クーラーの涼しさを感じに来ていた。
署に戻っても…精神的に暑いしね。どうせボンボンがうるさいし。
気持ちの温度まで上がったあたしを、衛は…

「まったく、貴方は此処を何だと思ってるんですか?」

相変わらず優しくない態度。
しかも画面を見据えたまま、こちらを見ようともしない。
かわいくない…何よ、ちょっと凹んでるんだから優しくしてくれたっていいじゃない!

「くっ…お忙しいところ、お邪魔してしまって大変申し訳ありませんで・し・た!」

このままじゃ全然涼めない…返って暑くなってきた、もう帰ってやる!
こういう男なのよね、衛って!

あたしは上着を掴み立ち上がって、無言で扉に向かって行く。
さっき崩してしまった書類を横目に見ながら、ドアノブに手をかける。

「遥」

何よ今更!キッと睨みながら振り返る。

「コーヒー入れました、どうぞ」

何事もなかったかのように言ってのける。
あーもぉ!悔しい!

「…折角コーヒー入れてくれたんだしね。そこまで言うなら、飲んでってあげるわよ」

上手いポイントでこーゆー事するのよね…
掌の上で転がされてるみたいなのが、余計に悔しいけど。
あたしは少し軽い足取りで、椅子に戻る。

「どうぞ」

そう言って渡されたコーヒーは、熱かった。

「ちょっと熱いじゃない!冷たいのないの?」

今度は私の目を見ながら、衛が口を開く。

「汗をかいている時はいきなり冷たいのではなく、熱いのを飲んだ方が汗がひくんですよ」

…そう言われたら仕方がない。どうせ冷たいのを出す気はないだろうし。

黙って熱いコーヒーを飲み始めると、衛がまたパソコンに向かった。
相変わらず何を打ち込んでるか判らないけどね。
世話しなく動く指と目線。
意外に睫毛長いんだなぁ…色も白いし。
少し骨張った長くて大きい手。
衛も男の人何だなぁ…。
な、何だろう…ちょっとドキドキする。何でだろう…恥ずかしい。
少し熱くなって来たあたしは、コーヒーを飲んでごまかす。
相手は衛なのに。

でも、その綺麗な…真剣な瞳が結構好きだ。
その瞳で見られると、あたしは固まってしまう。
見られたくない、でも見つめて欲しい…

あれ?何であたしそんな事思ってるんだろう?!
あうぅ…どうしよう、暑い。
こんな顔を見られたくなくて、机に額を押し付ける。
適度に冷えた机が、肌に気持ち良い。
目を閉じて色んな音に耳を傾ける。
キーボード打つの早いなぁ…あ、何か書いてる。
ん?…マグカップを置いた音かな?
ファイル開いて何か独り言言ってる…あれ?椅子が少し軋んだ…ってあれ?!

「遥…」

目を開くと、衛が覆い被さっているらしく影で覆われていた。

「ひぁ!ちょ…っ!」

突然の事でパニックになり固まるあたし。
なななななな、何?!急にそんな…っ!
うなじに衛の息がかかる。
耳元迄吐息が移動してきた。
何かが触れる…感触。
あぅ…どうしょう!そんな困るっ!
嫌とかは不思議とないケド、でもっ…!
どうしちゃったんだろう、体中が心臓になったみたいにドキドキしてる。
叫び出しそうな感じ…あたし、何だかおかしいよ…。
そんなあたしを知ってか知らずか、衛はもう一度耳元で囁く。

「遥…申し訳ないのですが…引き出しに入っている書類を出したいのですが…」

…………へ?
しょ…る…い?

ガバッと起き上がる。
すると目の前の引き出しを開けて、紙の束を取り出した。
なーんだ、そっか。探してただけなのね…。
何よっ、紛らわしい事して!
もうもうもう!!

「…バカ」
「え?何か言いましたか?」
「何でもないわよっ!…後で晩御飯奢りなさいよね!」

悔しくなって困らせてみたくなった。
ふふっ、困ってる困ってる。
暑さでおかしくなっちゃってたのかな?
大丈夫、もう大丈夫。いつものあたしに戻ってる。

「……仕方がないですね。かわいそうな貴方に免じて、御馳走しましょう」

優しく困り笑いをしながら、答えてきた。
ありゃ?珍しい事もあるものね。
ラッキー!折角だから高目の奢って貰おうかなっ

その時…上機嫌なあたしには、その後の衛の言葉が聞こえてなかったのだった…

−−−お代は戴いてますしね…。

遥の耳たぶを捉えながら呟いたのだった。


 

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