short stories

□夢の先
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私は、自分の家にいた。


昼。



家には誰もいないみたいで。



はっきり、いなかったのかは、わからない。


けれど、


静かすぎて、
動きがなくて、

誰かがいるかも知れない、と思うには

奇妙過ぎる空気が流れてた。

私がそこにいることさえ、
奇妙。


そしてそれは、

外にも言えることらしかった。

音、というたった一つの情報がそれを明確に伝えている。


風はあるのに。

ヒトがいるのは、奇妙。







私は、脱衣所にいた。

無心、というには、


周囲に、広く、無意識に、気をめぐらせて。

周囲なんて、どうでもいいと、思ってるのに。

神経質に。蜘蛛の巣みたいにめぐらせて。

たるんで、
張り詰めて。


触手。

気持ち悪い、

私の手。





無心というには、

ノイズがあって。


小さいけれど、

ノイズの糸は無数で、
重なり合って。

どこかでは絡まり合って。
どこかでは引きちぎられて。

無音。


広大。

うるさい、
静寂。





私は、脱衣所の、鏡の前にいた。

その鏡は、三面あって。


そのすぐ下にある水道は、まるいピンク色なのに、

いつものあたたかなオトは、出してなくて。
押し黙っていた。

そのだんまりは

うるさい、

ひとりごと。






私は、真ん中の、一番大きな鏡を見ていた。

両脇の鏡に、私の意識はない。



無表情で、物みたいに動かないで。

身体の外では、
中では、
こんなに蠢かせているのに。


私は、蠢かす。
無意識に。

私は、これを楽しむ。
意識的に。


調律する。

私の触手と、

ノイズの糸と、

物のオトと、

それから世界。




高く。

低く。

歪に。

合わせて。

会わせて。

違わせる。

遇わせて。

遭わせて。

併せて。

残酷に。

逢わせて。

淡せて。

引き裂いて。






自分勝手な静寂たち。

それとも自分勝手なのは私?

あわせようとする私の調律?



違う。

違う。

今のおとを、

私は楽しんでる。

愉しんでる。

勝手なひとつのおと。


いい感じ。


















ふと


蜘蛛の糸が、ノイズが止まる。



せっかくの静寂が。



止めたのは、
殺したのは、

私。








本物の、静寂。

『嵐の前の静けさ』


嘘つき。

嵐の前の静けさ。

ざわざわして、
全然静かなんかじゃない。





指揮者は私?


















代わりに動くのは、





私の口。



あと、少しだけ、

目と、頬。






勝手。





私が持つのは、

誰かの、

何かの、

指揮棒。





じゃあ、私は指揮者じゃない?


















口角が、
上がる。


少しずつ。

勢い良く。

冷静で。

壮大。





あわせて動く、顔のパーツ。

口にあわせて、動く。

口が動くから、動くパーツ。
眼の中の、奥の、表面の、
色。





歯が、見えてくる。

私のではない、歯。

ヒトのものではない、歯。

生きもののものではない、歯。


この世ならざるものの歯?

違う。

これは、

私の歯。



嬉しい。

こわい。

きもちわるい。

たのしい。


くるくる、くるくる。

交ざる。
混ざる。
雑ざる。



ぐちゃぐちゃ。


明確。





口角があがる。
あがり続ける。


鼻の頭。

その高さ。

私の口角。



まだ、あがる。



きょうふ。

いふ。


ああ。
ああ。




私はだれ?

私はなに?

生まれはどこ?

私はボク?

僕は俺?

俺はぼく?

ぼくは私?


ああ。

私は、

私は、



わからない。

うれしい。

こわい。

もどりたい。

いまのままがいい。

このままがいい。

いとしい。

ふるえ。

こころのどこかで、涙がながれた。





あがる、口角。

まだ。

まだ。


止めないで。

私は続きを選びたい。

私は停滞を選びたい。

私は後退を選びたい。




こころのどこかで、
ノイズのなかで、

歓喜の声。



だれ?

だれ?


私?


ちがう…


だれ

なに

こわい


まちどおしい。


手を延ばす。

こころのなかで?

かがみにむけて?

すのなかで?

のいずのなかで?




知らない。

わからない。



かがみにうつるにんげん。

けだもの

くも

こわれたらじお







ぼりゅーむが、

あがる。



あたまのなか。

こころなか。

のばした、てのさき。

めぐらせたいとのなか。


大音量。

響くのは、声。

色。

目に移るものも声をあげる。

あげはじめる。

水道の、ピンク色も。

つんざくようなこえ。



でも。


でも。



一番近く。

一番大きいのは、

一番遠いのは、

一番見失いそうなのは、









私の声。











探せ、探せ。









うるさいから、止めにいこう。

























欲しいから、盗りにいこう。






















気持ち悪いから、殺しにいこう。




























綺麗だから、採りにいこう。





























探せ、

















探して、


































なみだ。
















































私が手を延ばす、その先は

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