「え、アスマにそんな事言われたんですか?」

仕事をなんとか定時で切り上げて自宅へと向かうと、玄関先にはいつもの様にカカシが買い物袋をぶら下げて待っていた。
直ぐにでも聞き出したい気持ちをなんとか抑えてカカシの買ってきた材料を急いで調理し、テーブルの上に並べ終えるとアスマから聞いた話をカカシに伝える。

「アスマめ、余計な事言ってくれちゃって…」とブツブツ言いながらも、さして表情を変える訳でもなくもぐもぐと食事を続けるカカシに、やっぱりアスマの言っていた事は冗談なんじゃないのかと思えた。

「す、済みません可笑しな事言って…やっぱりアスマ先生にからかわれたんですかね」
「や、からかわれたんじゃナイですよ。それホントの事です」

カカシはぱちん、と持っていた箸をテーブルに置くと居住まいを正し、これまでは外した事の無かった額宛を取り去って両目でこちらを見据えてきた。
初めて見る色違いの双眸。
いつもゆるりと微笑んでいる顔がきゅっと引き締められ、痛いまでに強い視線をこちらに向けてくる。

「初めてお会いしたのは、慰霊碑の前でしたね」
「気付いて、たんですか」
「ええ。初めから」

気付いていた。
カカシはあの日自分がそこで彼を見ていたことを気付いていたんだ。
色違いの瞳に浮かぶのは深い悲愁の色。
今目の前にいるのは、自分の良く知るカカシではなくて、確かにあの雨の日の彼だ。

「でも…一度もそんな…」
「貴方もあの日の話はしなかったでしょう?だから、それでいいんだと思っていました。でも違ったんですね」

カカシの表情がふっ、と崩れる。
諦めにも似た、悲し気な微笑。

「俺はね、親友や師を失ってから、大切な人は二度と作らないと心に決めていました。仲間は大切ですがそれは任務上でだけ。そう思っていたんです」

今まで見たことのない表情で、聞いた事のない低く切ない声で、イルカを見つめながら話す。
泣いているようにも、怒っているようにも見える酷く切ない表情。
あの雨の中伺い知る事の出来なった彼の顔は、きっと今と同じ表情をしていたんだろう。

「先生に会ったあの日、任務中に仲間を亡くしたんです。なんだかんだ言っても仲間の死は辛いもんでした。結局、俺はまた仲間を救う事が出来なかった。そして泣く事さえも、もう出来ないんです」

心が痛い。痛い。
カカシの悲しみが彼の言葉を伝って流れ込んでくるかの様に、胸を、心を締め付ける。

「俺はもう泣き方なんて忘れてしまっていたというのに、貴方、俺の代わりに泣いてくれましたよね。顔を見ることは無かったけれど、気配で貴方が泣いているのが分かりました。何の事情も知らないはずの貴方が、泣けない俺の代わりに泣いてくれている。何故だかそれがとれも嬉しかった」

そう言って次にふわりと微笑んだ彼の顔は、自分が良く見知ったものだった。
いつも優しく迎えてくれる、俺の大好きな…
「カカシ先生…」
「2度目に会った時、あの時の人だって直ぐに分かりました。貴方は子供思いで里思いで仲間思いの熱血先生だった。俺とは全然真逆。でもそんな貴方がとても好きだなぁって思ったんです」

少し照れた様に笑いながら言葉を続ける。

「一人で生きていくと決めていたのに、貴方はすんなりと俺の心に入り込んで居場所を作ってしまった。貴方だけは、特別なんです。もう抗う事なんて出来ないくらい、貴方という存在が俺の中で大きくなってしまった」

これは、一体何だろう。
これじゃまるで、
「…告白みたい、じゃないですか」
「みたい、じゃなくて一応告白なんですが…」

カカシの言葉に、身体中の血が熱くなるのが分かった。
耳の裏側がどくどくと音を立てて脈打っているのが煩いほど聞こえる。
「カカっ、せんせぇっ?!」

特別っ?!
特別って何が何を??
特別なのはカカシ先生の笑顔で、好きなのは俺の方じゃ?!
てか、俺っ、カカシ先生の事好きなのかっ?!

「イルカ先生、大丈夫?顔真っ赤ですヨ」
ぴた、と手甲のしていない大きな手の平をおでこにあてられて、思わず飛び退く。
「あ、先生ひどぉい…」
カカシ、泣いちゃう。

下手な泣き真似をしながらこちらを伺うその表情には、先程までの沈痛な色はもう見られない。

「俺、もう一人で生きていくのは止めます。でもそれには隣に貴方が居てくれなくちゃ意味が無い。ねぇお願い、俺に絆されてくれませんか」
ビンゴブックにも載る様な高名な忍が必死な瞳で縋ってくる様子に、思わず吹き出してしまった。


なんだ俺、とっくにこの人の事が好きだったんじゃないか。
絆されたとしたなら、もう出会ったあの雨の日に。


「なんで笑うのさぁ…」
「ぷぷっ…すみませっ」

さっきは自分とは真逆だなんて言っていたけれど、この人が誰よりも里を愛し、仲間を、子供達を大切に思っているかを知っている。
ずっと一人で、ただ只管に里の為戦い続けてきた事を知っているから。

大切な者を失う辛さを知る彼が、もう一度誰かと共に在りたいと思えた強さに自分も答えたい。
人は、誰も一人では生きていけないのだから。

「カカシ先生、これからは俺が貴方の傍に居てあげます。その代わり、」
「…その代わり?」
「貴方も、出来るだけ俺の隣に居てくれませんか。互いの、命が尽きるまで」


「…イルカせんせ、カッコイイ…」


頬を赤く染め、ぼーっとしているカカシをほっぽって急いで台所へと逃げ込んだ。
ついさっき自覚したばかりのカカシへの想いと彼からの告白、それに自分が言い放った言葉の意味に、恥ずかしさで身体中が燃えるようだ。

(おおおおおおれッ、なんつー恥ずかしい事をッッ)

「ね、せんせ、さっきのってもしかしてプロポーズですか?」

いつの間にか追いかけてきたカカシに、背後から抱き締められて耳元でうっとりと囁かれる。
「ばばっばか仰いッ!んなワケあるかぁっ!!」
「だーいじょーぶ、俺はもうアナタの傍を離れませんヨ。これからはイツでもドコでも一緒ですっ!!モチロンお風呂もトイレも仕事場もっ!!」
「勘弁してくれ〜〜〜ッ!」

嬉々として騒ぐカカシに今後を思い早まっただろうかと頭を抱えたが、子供のように喜ぶ彼を見て笑みが零れた。

もうあの雨の日の様な表情はさせない。
お互い忍の身、残された時間は長くないのかもしれないのだとしたら。
一人きりで生きてきた彼に、これからはいつでも笑っていられるよう存分に甘えさせてやろうか。


きっとこれから共に歩む道には、いつもキレイな虹が出ていることを信じて。


end


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