Short◆S-H

□追慕の情
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「はっ…くっだらねぇ」

巷を賑わす噂を、藤堂は一笑に付した。
いや、むしろ怒りを覚えているといってよい。

土壇場で裏切り、東軍勝利に多大な貢献をした(といわれている)小早川秀秋が、西軍の将・大谷吉継の亡霊に悩まされているという。
小早川の裏切りさえなければ、大谷吉継は死なずに済んだかもしれぬ。己を追いつめた彼が憎くて、夜な夜な枕元に立つのだとか。

「…羨ましいこった」

多分に棘を含んだ声音に、場の空気が凍る。
家康との謁見を待つ控えの間。そこにはかつての敵将――しかも小早川同様に裏切った――も見受けられた。
心なしか青ざめた彼らを一瞥して、高虎は部屋を出た。
背後に控える家臣に家康への言伝を託し、そのまま屋敷へ戻る。
酒の用意をさせ、高虎は縁側に出た。


「本当なら…あやかりたいもんだぜ」

彼の人に未練をもってもらえるなど。あの小僧には勿体ない。

「俺には未練はないってか」
そりゃそうだろうなと自嘲して、高虎は酒を呷る。
彼は満足して逝ったのだ。未練なぞあろうはずもない。唯一あるとすれば、あのバカ正直な西軍大将ぐらいだろう。


「…俺のほうは未練たっぷりなんだがな」

幻でも亡霊でも構わない。

逢いたい。

逢って、話がしたい。

いや――触れたい。

「俺のほうが生霊になっちまいそうだ」

そうしたらアンタを捜しに行くのにな。

乾いた笑いを夜風がさらう。


「なあ…化けて出てこいよ」


言葉は虚空に溶けて消えた。





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実は書いてて「これ生きてるバージョンもアリじゃね?」と思ってしまいました…もし追加で書いてたらすみません…。
最後のセリフは某大好き舞台の影響です…もちろん言い回し違いますし物語も全然違いますが。もし「あれか!」と思った舞台スキーの方いらしたらすみません…そっとやり過ごしてください。

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