Short◆S-H

□思慕の念
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「…何があった」

高虎と酒を酌み交わしながら、吉継は問うた。
高虎は少し驚いたようだ。小さく息を呑むのが分かる。
「何でバレちまうのかねぇ…ま、それだけ通じ合ってるってことかね」
「…にやにやするな」
「何で分かるの」
「見えぬでも気配で分かるわ」

策士として名高い藤堂高虎。その飄々とした風貌と言動で、「食えない」「読めない」不気味な存在とされている。
しかし自分には余計な情報がない分、かえって彼の本質が見えるのだろう。

まあ、情が通じていると少しは思ってやっても良いか。
胸の内で自分に言い訳をしているのが可笑しくて、知らず口の端が上がっていたようだ。

「…頼むからもうちょい我慢させてくれよ」
そんな顔されたら今すぐ襲っちまうと物騒なことを言う情人に呆れつつ、吉継は改めて尋ねた。
「して、何があったのだ」
「…あんまり楽しい話じゃねぇんだがな」

ため息とともに高虎が吐き出したのは詮無い噂。


「小早川秀秋を呪ってるんだとよ…お前が」

「ああ、そのことか」
「知ってたのか」
「人の口に戸はたてられぬよ」

忍びを飼っている藤堂家なのだから、情報の扱いは下働きまで心得ている。しかし、だからといって噂を止めることまではさすがにできない。
吉継が隠棲するこの静かな離れにも、噂は流れてきていた。

「取るに足らぬ噂だ。目くじらを立てることもあるまい」
お前は分かっているだろうにと窘める。返る言葉は彼には珍しく、歯切れが悪かった。

「そらまあそうなんだけどよ…城であった裏切り連中も『次は自分か』ってな感じで青ざめてんだぜ」
呪いが怖いなら裏切るなってんだと、そこだけ吐き捨てるように呟いて高虎は酒を呷った。
「裏切らせたのはお前だろう、文句を言うな。それに」

お前が噂を気にかけるのは別の理由だろう。

吉継の指摘に、高虎は沈黙した。


「……何であんな小僧に」

漸く発せられた声音から読み取れるのは、小早川への侮蔑。

いや、違う。それは。
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