Short◆S-H

□ヤキモチ
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「殿ー! とーのーー!」
「聞こえてるよ、たま」

ばたばたと駆けて来る足音に、三成は声を掛けた。

「あ、いたいたー。殿、おやつだよー」
たまきが手にしているのは美味しそうなあんころ餅。たまきは素早くお茶を淹れると三成に差し出した。

「また城下に行ってたのか? たま」
隠遁生活は年若い娘には似合わぬと分かっていても、三成はつい小言めいたことを言ってしまう。自分たちを匿っている藤堂高虎に遠慮しているのだ。
たまきは案の定、少し膨れて抗弁した。

「違うよー。これは高虎様がくれたんだよ」
「た…藤堂…殿…が?」
「そ。城下に買い物に行きたいって言ったらくれたの」
高虎様ってば、ああ見えて結構甘い物好きなんだよねー。どうせあんころ餅でも買いに行くんだろってくれたの。

三成は、たまきの声を意識の外で聞いていた。
たまきはいつの間にか名前で呼ぶほど親しくなっているらしい。

自分は高虎のことをまだ何も知らない。

高虎が甘味を好むことも、たまきと親しく口をきいていることも。

「…俺はいいよ。たまにあげる」
「え? 何で?」
「腹が空いてないし、それはあまり好きじゃないんだ」
「あれー? おっかしいなぁ」
たまきは三成の言葉に首を傾げる。

「だってこれ、殿が好きだって高虎様言ってたよ」

「………え?」

目をまるくして呆ける三成に、たまきはしまったという顔で口を押さえた。
「ああこれ、高虎様に口止めされてたんだ」

とにかく後ででもいいから食べるんだよと、どちらが保護者か分からぬ言葉を投げて、たまきは部屋を出た。いつの間にか自分の分は平らげたようだ。

残された三成は、のろのろと餅へ手を伸ばした。ひと口、食べてみる。柔らかく伸びる餅と見た目ほどくどくない餡が美味しい。

(…あ、あの時の…)

そういえば、此処に来たばかりの頃、何も欲しがらない三成に高虎が菓子を持ってきたことがあった。

『疲れた時は甘いモンが一番だよ』

もくもくと餅を食べていた自分に笑いかけながら、高虎はそう言っていた。


決して遠い昔のことではないが、些細なことと忘れていた。
それなのに、彼は覚えていたのだ。こんな、取るに足らぬことを。
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