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□鉄バサ 佐助vs上越編
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 ああ、長野を悲しませてしまった。必死で耐えていたけれど、ひとりになったらぽろぽろと大粒の涙を零すのだろう。また怒られるなあ、東北と山陽に。
 しかしふたりに捕まるのを警戒しながら過ごした数日間は予想に反して何事も起こらず、ほんの少し気を緩めたときに思いもかけない方面から苦情が来た。

 長野を泣かせた一因とも言える、炎神の使う「忍び」――猿飛佐助からだ。


      * * * * *


「こんにちはーお邪魔しますよっと」
 新潟の駅を出て10分を過ぎた頃だろうか、空席だった隣の座席に音もなく現れたのは、自分の管轄外を治める炎神の神使だった。ちゃっかりお茶とお菓子とお土産(間違いなく主である真田幸村へのものだ)まで買い込んでいる。
「ん? どしたの?」
「……いえ、珍しいなと思いまして」
 食べる? と差し出された笹団子を結構ですとやんわり押し返しながら、滅多に顔を合わせることのない顔をまじまじと眺める。

 猿飛佐助、というこの忍びは長野の管轄内にいる炎神・真田幸村に仕えており、主の命(とかつての習性)で全国を飛び回っている。神々と異なり、忍びはその土地に縛られることはないから移動の手段として鉄道を使う必要もないのだ。
 それが今、こうして自分の隣にいる。
「たまにはね、いいでしょ?」
 にこり、というよりはニマリ、という表現がしっくりくるその笑みに、漸く忍びの目的が分かった。
「文句がおありでしたらサッサとどうぞ」
 この人(正確には人ではないけれど)はきっと自分と同じタイプだ。笑顔のままねちねちと説教をするのだろう(一応僕自身にも自覚はあるのだ)。
 耳は痛いが長野を泣かせたことについては素直に反省しているので、小言(説教よりこっちのほうが合ってる気がする)を甘んじて受けようと背筋を伸ばした。
「ん? アンタ何か誤解してない? 俺様は文句を言いに来たんじゃないよ」
 ただちょっとだけ、何があったのか聞きたいなーってだけ。そう言って細めた瞳の奥、光を埋める闇色に一瞬だけ首の後ろがぞわりとした、気がしたけれどすぐに霧散してしまった。
 ただ、何となく嫌なことが起こるような予感だけが頭の隅にこびりついた。


「長野ちゃんがさー、もう手紙を届けないって言いだしたんだよね」
 理由を聞いても自分には過ぎた役割だからとしか言わなくってさあ。お茶を飲みながら零す声音は明るい。端から見れば(見える人などほとんどいないのだが)たまたま隣り合わせになった旅人がほのぼのと会話をしているようにも見えるだろう(もっとも猿飛殿の服は殺伐としているけれど)。
「俺様さあ、長野ちゃんのお陰ですっごい助かってるんだよねー」

 佐助の主である真田幸村と奥州鎮護を担う龍神・伊達政宗とは互いに想い合う仲である。かつて馬を駆って僅かな刻を惜しむように逢瀬を重ねていた彼らは今、己が地を容易に離れることができない。そんな主たちの為に、地に縛られない「忍び」である佐助が手紙を届けていたらしい。
 けれど今、その役目は主に長野が背負っている。鉄道、という利器は神すら運ぶことを可能にしたが、それでも神々は滅多にそれを用いない(西の方には例外の神もおわすようだが)。ならばと、鉄道を伝い互いの手紙を運ぶことになったのだ。

「手紙を届けると返事書くまで居ろって言われるしさあ、俺様せっかくだからもっとのんびりのびのびしたいのにさあ」
 だから長野ちゃんが手紙を届けてくれるようになってから大分楽になったのよ、あの子は本当にいい子だしねえ。
「ウチの旦那ももの凄く可愛がってるんだよねえ」
「それは」
「なのに突然、手紙をもう届けることはできない、って言ってきた」
 主が長野を可愛がっていると言ったのと同じ声音で、同じ笑顔で、佐助の言葉は上越を鋭く刺し貫いた。
「……それ、は」
 情けなくも喉が音を作ってくれない。佐助はそんな上越を見つめたまま言葉を継いだ。
「驚くよねえ。しかも手紙を届けるときに必ず甘味屋へ行くのを楽しみにしていたのに、役目を果たせなくなるから甘味もご遠慮します、だって。健気というか何というか」
 旦那は手紙のことより長野ちゃんと一緒に甘味を食べられなくなることのほうがショックだったみたいだけどねえ。だから調べろって命じられちゃったわけよ。まあ言われなくても調べたけどね。
「それ」
「調べたら高崎で君と長野ちゃんが何か話していて、そこから様子がおかしくなったらしいって聞いてね」
 何を言ったか教えて欲しくてお邪魔したわけ。通りかかったワゴンを呼び止めてお代わりのコーヒーを買いながら佐助はようやく目的に辿り着いた。
「それで、何を言ったの? まあ何となくは知ってるけどきちんと君の口から聞きたいんだよねえ」
 長野ちゃんからすれば俺様と君は似ているらしいし? 楽しそうに笑う声がかえって上越の心胆を寒からしめた。
「……申し訳」
「謝って欲しいんじゃないよ。教えて欲しいの」
 さ、いいから言って。何を言ったの? 促されて二度、三度と呼吸を整える。

「……猿飛殿の仕事を奪ってはいけないよ、と」
「それで?」
「それぞれ与えられた役目があるんだから、と」
「ふうん」
 最後の笹団子を口に放り込み、コーヒーを一気に呷った佐助はひとつ伸びをして、上越に半身を向けた。すう、と糸のように細くなった目が直視できない。けれど俯いて逸らすこともできない。この軽やかな細い身体のどこから息をすることすら苦しくなるような圧迫感がもたらされるのか。
「……上越君、だっけ?」
 態とらしく名前を確認され、ゆっくりとひとつ頷く。
「それぞれに与えられた役割がある――その通りだけどさあ。それなら君は」


 御役御免を告げられたらいつもの笑顔のまま消えることができるよね?


「できるでしょ? 彼が君の分の仕事も請けることになるのだから」
 その時がきても決して涙など流さないよね? 優しくて可愛いあの子のように。


 穏やかな佐助の容赦ない言葉に、上越はただ、拳を強く強く握りしめることしかできなかった。
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