Short◆BSR

□会いたい
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 会いたいなあと声に出してしまい、家康は慌てて周りを見回した。居室にいるのは己ひとりだと再認識してほっと息を吐く。

 泰平の世となり、名実共に天下人となった家康は当然ながら政務に追われることとなった。己のことを考えられるのは眠りに落ちているときだけだが、ややもすれば夢の中ですら政のことを考えている。家康はそれが当然だと分かっていたから、別段不満にも思っていない。

 けれど、時折零れ出てしまうのだ。
 会いたい、触れたい、触れて欲しいという思いが。


 書を飛ばせば彼はすぐにでもやって来るだろう。彼はもちろんのこと、彼の部下たちもありがたいことに家康を慕ってくれている。多少の無理をおしても主を江戸へ寄越すはずだ。
「だが、な……」
 そんなことはさせられない。彼も己も、守るべきものがありすぎるほどにあるのだ。
 だから家康は胸の裡にある彼の人に語りかける。大丈夫だ、大丈夫だと。鮮やかに笑う彼へ己も笑いかけられるように。

「大丈夫な訳ねぇだろ」

 内なる声に現の声が返ったことに、家康は文字通り飛び上がらんばかりに驚いた。
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