Short◆BSR

□秋の宴
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「右目のだーんなーっ」
「帰れ」
「ええええええええええええ!?」
 天井裏から顔を出した途端に飛んできたネギ(なんで厨でもないのにネギがあるの?)を受け止め、甲斐の忍び・猿飛佐助は音も立てずに情人の傍へ降り立った。
「折角お土産持ってきたのにーって……え?」
 何やってるの? と手元を覗き込む。珍しく彼の周りには反故紙が散らばっていて、真新しい紙にはただひと言――。
「……献立?」
 何かお祭りでもあるの? と問えばため息とともに首がちいさく頷いた。
「祭、というほどではないんだが、な」
 政宗様が、と彼の主の名が出た時点で厄介事と知れる。まあこの仏頂面が良きにつけ悪しきにつけ変わるのは、悔しいことに主が関わるときだけだ。
「宴をしたい、と仰ってな」
「いつものことじゃない、そんなの」
「……真田を誘うつもりだったらしい」
「ますますいつも通りじゃないの」
 呼ぶ前にこっちが来てよかったねー手間省けて、と笑っても情人の表情は晴れない。何よ何よ、となんどか突いて漸う口を開かせた。

「真田を驚かせるような、弁当を作れと」

「……それで?」
「全く思いつかん」
「ウチの旦那、大抵の食べ物は喜ぶし驚くよ」
「その真田が驚きのあまり黙る程の献立を所望されたんだ」
 あの真田が食い物で黙り込むなどありえねえ、そう言われて思わずごめんなさいと頭を下げてしまった。いやいやいやいやここで折れちゃダメでしょ俺様。
「とにかくとびっきり美味しいものを食べさせて黙らせればいいんでしょ?」
 それじゃあ協力しようじゃないの、と笑めばようやく情人も笑顔を見せた。

*****

「……で? 小十郎コレは何だ?」
「釣り竿でござろう、政宗殿」
「んなこたあ見りゃ分かるんだよ! どういうこったコイツは!!」
「真田と勝負してきてくださいませ、政宗様」
「Ah? 勝負だと?」
「そーそ、竜の旦那」
 門に並ぶ従者をかわるがわる睨みながら、奥州筆頭・伊達政宗は釣り竿を振り上げた。
「俺様と右目の旦那はあとからおべんと持って行くから、旦那たちは主役の魚を釣ってきておくんなさいましな」
「宴にふるまうものですからできるだけたくさん釣ってきてくださいませ」
 不承不承頷きつつもまだ不服そうな竜に、追い打ちをかける。
「まーさーか? ウチの旦那に負けるとでもぉ?」
「んだと猿? んなワケねえだろうがっ」
「政宗殿、某負けませぬぞ!」
「上等だ! 勝負だ、真田幸村!!」
「受けて立ちましょうぞ、伊達政宗殿!!」
 馬にひと鞭当てて飛び出したふたりを見送って、佐助は小十郎を振り返った。
「じゃあこっちはこっちで支度しますかねえ」



 宴の場所に選んだのは、紅葉が盛りの山であった。かつて陣を布いたことでもあるのか、開けた一角があり、伊達軍の面々は慣れたものだといわんばかりに幕を廻らせ、まだ明るいにもかかわらず篝火の支度をしている。夜通し飲む気満々だ。
「おぉ〜こりゃまた絶景な」
「当然だ」
「はいはい」
 わが地を褒められて悪い気はしないどころか嬉しくて仕方ない小十郎は機嫌が良い。「献立」が納得いったこともあるのだろう。作ったものを広げていると、丁度主たちが魚篭どころではない何かを引きずってやって来た。
「佐助ェ! 勝ったぞ!!」
「ざけんな幸村、俺の勝ちに決まってんだろ!」
「某の勝ちにござる」
「いや俺だ」
 そう言い争いながらぶん、と飛んできた魚の群れを佐助は分身も駆使して地面に並べた。家臣の分も優にあるほどの大漁に、小十郎と目を合わせて笑う。
「数はウチの旦那のほうが多かったんだ」
「だが大きさは政宗様のほうが大きい」
 それで決着がつかなかったってことね? とふたりを見れば同時にぶんと頷いた。子どもか。
「それじゃあ引き分け! それでいいでしょ?」
「そうだな、それがいい」
「ちょっと待て小十郎」
「佐助もだ、それでは」
「いいのいいのー! 宴の支度はほとんどできてるんだから」
 あとはこの魚を焼くだけだよ、と笑って陣幕の内を示す。佐助と小十郎が拵えた数々の料理が重箱や皿に盛られている。幕内の中心には色とりどりの落ち葉が積まれ、薪に火を点けるばかりとなっていた。
「今日の主役は旦那たちが釣った魚だって言ったでしょ? さあさ、早く焼いて始めましょ」



「うまい! うまいでござるな政宗殿!!」
「当然だ、小十郎が考えた献立だからな」
「この茸もうまいでござるな」
「あ、旦那それはウチから持ってきたんだよー」
 魚が焼けるのを待たず始められた宴は最初から飛ばし気味で、茸や山菜の天ぷら、かぼちゃの煮付け、朴歯味噌焼きなど数々の料理はあっという間に減ってゆく。酒も同様で、魚を焼いている落ち葉をこっそり拝借して燗にするツワモノもいた。
「それじゃ小十郎さん、そろそろ持ってくるね」
「ああ、頼む」
「ん? 何だ猿は」
「もうひとつの主役を取りに行ったのでございますよ、政宗様」
「なんだ、まだあるのか」
「もちろんでございます。まだ真田を黙らせておりませぬゆえ」
「ふぇ? 某がどうかいたしましたか?」
「いや、何でもない」
 そう言っている間に佐助が大烏に掴まって戻ってきた。背に大きな風呂敷包みを背負っている。
「とりあえず旦那たちの分ね。あとからまだ来るよ」
「おう、ありがとよ」
「何だ? 小十郎、猿」
「何でござるか?」
 風呂敷包みをじっと見つめる主たちに、佐助と小十郎は笑いながら包みを解いた。
「……は?」
「……これは」
 出て来たのは、ましろな。
「握り飯、にございます」
「小十郎……」
「いいから食べて食べて、ね?」
 政宗の「てめえ手抜きにも程があるだろ」と言わんばかりの視線を受け流し、従者ふたりは主に握り飯を勧める。
「い、いただきましょう政宗殿!」
「……チッ」
 ぶす、とした政宗と真剣な表情の幸村とが同時に握り飯にかぶりつく。
 そうして。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………ほらね?」

 幸村はひと口で食べた握り飯を飲み込むと、ものも言わず続けてふたつみつと平らげた。慌てて咽せるのを予期したように佐助が差し出した茶を飲み干し、政宗のほうを向いて抱きつかんばかりに身を乗り出した。
「おいしゅうござる政宗殿おおおおおおおお!!!!!」
「……は?」
「某これほどに美味い握り飯は初めてでござるうううううう!!!!!」
「そ、そうか」
「真にござる! これは米が美味いのでござるなきっと!!」
「!! ……そうか」
 政宗はようやく合点がいったという風に小十郎を見遣った。それに頷き、猿飛のお陰でございます、と忍びを立てた。
「えー? 俺様別に何にもしてないよ?」
 そりゃまあ料理のお手伝いはしましたけど? と嘯く佐助に小十郎は言葉を継ぐ。
「今の季節ならここは米が穫れたばかりだろう、ならば握り飯にするのがいちばんだと言ってくれたのです」
「奥州の米はほんっと美味しいもんねー。ウチの大将も楽しみにしてるもの」
「武田殿もこの時期の米を食べたときは黙り込むそうでございます、政宗様」
「……そうか」
 Thank you とちいさく笑って政宗は傍らの幸村に視線を移す。幸村はなおも握り飯を食べ続けていた。
「Hey、幸村。せっかくだから魚も一緒に食おうじゃねえか」
 焼きたての魚に飯は最高だろう、と促す政宗に幸村はぶんぶんと頷く。連れだって薪のほうへ駆けていった主を見送り、佐助と小十郎は同時に息を吐いた。
「はい、小十郎さん。俺たちも食べようよ」
「ああ、そうだな。……ありがとよ」
 何のこと? と言いながら握り飯を頬張る佐助に笑んで、小十郎も握り飯を頬張った。佐助が握ったこの握り飯は塩の加減が絶妙だ。
「あ、小十郎さんご飯粒」
 言うが早いかぺろりと頬を滑る舌に、小十郎は反応できず固まってしまう。
「てっめ……!」
「これくらいのご褒美貰わないとね」
 ごちそーさま、と晴れ晴れとした声を残して消えかけた忍びを小十郎の手が摑む。
「!? 小十郎、さん?」
「……もう無礼講でいいだろう」
 周りは酒も回って大騒ぎである。その様子と情人の表情に安堵した佐助は消えるのをやめ、へらりと笑って再び小十郎の傍へと舞い戻った。




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佐小っぽくなくなっちゃったごめんなさい!でも楽しかった私は楽しかった!!!お米サイコー!!!
そしてお腹減りました・・・。

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