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□鉄バサ 佐助vs上越編
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      * * * * *


「あ! 佐助どのー!!」
「あらら長野ちゃん、奇遇だねえ……っと」
 こちらもまた珍しいわ、と目を細めた視線の先には長野の後ろからゆったりと歩み寄る東北と宇都宮がいた。こちらに気づいて敬礼する宇都宮に軽く頷いて、東北を見遣る。
「……どうした? 顔色が悪いようだが」
「……何でもないよ」
「俺様が珍しく乗り込んだから緊張しちゃった? ごめんねー」
 長野に何かを話しながら、言葉だけをこちらに投げる。お前でも緊張などするのかという東北の珍しい軽口にも、うるさいなとつっけんどんな返答しかできなかった。

「猿飛殿、お預かりするものはありますか?」
 宇都宮に訪ねられた佐助はラッキーとばかりに主からの手紙を即座に預けた。
「ありがとー助かるよ! 独眼竜によろしくねー」
「猿飛殿、私には何かございますか?」
 今度は東北が訊ねるが、佐助はそれに頭を振った。
「大丈夫、右目の旦那へは烏を飛ばしてるから」
 お気遣いありがとね、と笑む忍びに東北は黙って頭を下げた。


「あー上越君、ちょっとちょっと」
 皆がそれぞれの目的地へと発ったあと、自分も東京へ向かうべく新幹線に乗り込もうとしたところへ佐助に呼び止められた。抉られた先程の言葉が甦り知らず身を強ばらせる。それが知れたのだろう、ふうと小さなため息を吐いて佐助は上越の肩をぽん、と叩いた。
「多少釘を刺せれば良かっただけなんだけどね」
 脅かしすぎたみたいねーごめんねーと口先だけで謝る佐助に、せめて一矢と唇が勝手に動いた。
「あなたは真田殿や武田殿からいらないと言われたらどうするんですか?」
 お前の役目は終わった、もう休めと言われたら? この人も自分のように取り乱したりするのだろうか。僅かでもそうあって欲しいという上越の願いはしかしといおうかやはりといおうか、あっさりと裏切られた。

「消えるよ」
 何でもないことのように佐助は即答した。怯えも悲しみも安堵もない。
「……どうして」
 どうしてそんな簡単に言えるんだこのひとは。悔しさを隠すこともできなかった。
「だって俺様は忍びだもの」
 旦那とお館様の為に働くのがお仕事だもの。不要となれば消えるが定め。ほかの主を探すつもりもないからね。
「おつかれ様でしたー、って眠ることにするさ」
 必要とされるうちはもちろん働くけどね。そう続けてにこりと笑う。その笑みはこれまでのものと違ってあたたかかった。


「だから君も必要としてくれる人がいる限りはいていいし、働かなきゃいけないんだよ」


 分かってるでしょ? そう言われて素直に頷く。自分を必要としてくれている人はまだまだいるのだ。
「……すみませんでした」
 さっきまで素直に言えずにいた言葉がするりと零れた。佐助はそれをただ頷いて聞いていた。


 ああそれからもうひとつ。今度こそ新幹線に乗り込もうとした上越に佐助は言葉を投げた。
 明るい声音は幽かに震えることもなく言葉を紡ぐ。

「俺様と竜の右目は死んでから今まで一度も逢っちゃいないよ」

「……え……?」
 驚きのあまり声が掠れた。
「長野ちゃんに言ったでしょ? 俺様が右目の旦那に逢う機会まで奪っちゃダメだーなんて。まったくお門違いだよ」
「……そんな」
 そんな馬鹿なことがあるか。死んでそれきりなら仕方ないが、人ではないにせよ再び生をうけたのだ。好きなら逢いにゆくだろう。ましてや佐助は「忍び」なのだ。縛られる地も負わされる役目もない。
 まさか主が。
「もちろん、旦那たちは逢えって言ってくれてるよ」
 自分の予想を見透かすように言葉が重ねられる。一瞬細められた目は、人の主を見くびるなと言わんばかりの冷たい色を刷いた。
「それなら逢えばいいじゃないですか。何を遠慮するんです」
 柄でもない、と胸の裡だけで言う。それすら見越したようにそりゃあ俺様は遠慮なんかしないけどさあ、と佐助は言葉を継いだ。
「昔みたいにたとえ機会が少なくても主たちが逢えるならともかく、そうでないなら俺様たちだって逢おうなんて思わないよ」
 それに、ともうとっくに見えなくなっている東北へと――きっと彼の向こうにいる「竜の右目」へと――視線を投げる。
 さっき自分に投げた視線とは大違いのやわらかなそれは、けれどやはり寂しそうに見えた。

「そんなことしようとしたらあの人に叩っ斬られちまうよ」

 一度政宗が佐助と小十郎を騙して逢わせようとしたことがあったが小十郎にも佐助にも悟られ、佐助はすぐに仙台を離れたのだ。
 ちなみに政宗はその後、小十郎にこっぴどく叱られたという。
「……いいんですか? それで」
「良いも何も」
 そういうもんでしょ? からりとした声音は湿り気など欠片もない。
 だからね、と佐助は楽しそうに上越を見遣る。
「逢いたい人にはめいっぱい逢っておいたほうがいいよ」
 想いがあるのならね。囁くように告げて忍びは姿を眩ました。



「……これが400年の功、か」
 怒られた挙げ句惚気まで聞かされるとは、山陽か高崎にでも八つ当たりしてやろうと誓って、上越は東京へと向かう新幹線にようやく乗り込んだ。
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