ダルいズム。

□好奇心は猫を殺す
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 煙草の煙が曇り空に混じる。
左手で百円ライターを弄びながら風祭は煙を吸い込んだ。
じん、と染みていく苦味。
嫌いじゃない。
 いつの間に持ち込まれたのか分からないが、中庭の薔薇園の一角には灰皿とベンチが設置されていた。
犯人は誰なのか容易に想像はつくが、それはあくまで想像の域を出ない。
ただ土の匂いが近いこの場所で、そろそろズボン越しにベンチの冷たさを感じるのは結構好きだった。
現状に満足しているのなら、過去を詮索すべきではない。
ベンチの持ち主くらいなら良いが、昔から好奇心の強い人間はろくな目にあわないのだから。

「あっれぇ、風祭先生」

 ああ、やっぱり。
ふと考えていた人物が実際に出てきたのに全く嬉しくはなかった。
むしろげんなりしたように左目で睨む。

「やー、そのベンチ活用してもらえてるみたいで嬉しいです」
「やっぱりお前か」
「なんか撮影の後もらったらしいんですけど……うちマンションなんで入らないんですよねぃ」

 へらへらと笑って佐々岩はベンチに腰掛けた。
右手にあるライターはブランド物のガスライター。
吸っているものも上品そうな洋モクで、風祭は軽く眉をしかめた。

「……お前、給料どうなってんだよ」
「はい?」

 片や自分は生徒から没収した百円ライター、煙草も安物とは言わないが最近本数を減らすようにしている。
自分の方が先輩であるはずなのにこの違いは何だ。
 佐々岩はピアスから伊達眼鏡から、ワイシャツやスーツもネクタイも靴までも全てブランド物だった。
それにもかかわらず決して下品ではない。
白衣にはいつも糊がきいていてボタンを留めていなくてもどことなく品がある。

「どうって……先生よりは安いと思いますけど」
「それでなんで全身ブランド物なんだ……」

 自分はいつでもよれよれのワイシャツとセールの時に買うスーツだと言うのに。
金の遣いどころが違うのだろうか、しかしそれにしても限度がある。
 すると佐々岩はああ、と笑った。

「これは大体家族からの支給品なんですよ」

 まあ白衣は違いますけどねぃ、とにやにやしながら言う。

「うちの姉がデザイナーやってるんで見本やら何やらが多くって。母も母で買い物好きなんで俺と父に服とか買って送ってくるんですけど、父はそれをそのまま俺に押し付けるもんで……ウォークインクローゼットが埋まっちゃいました」

 そう言って笑う佐々岩のへらへらとした笑顔からは何の感情も読み取れなかった。
成人男性が家族の事を話す時独特の照れと懐かしさの入り混じったどこか居心地の悪そうな空気もない。
だからといって家族を愛してやまないという空気もない。
ただ、教科書を読み上げているるかのように感情を感じなかった。
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