short story

□夜明け
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 空が白んできた。
振り返った彼の顔は、少し赤い。
私の顔もかあっと熱を帯びる。

「……手袋はどうしたんです?」

 彼は不思議そうな声を出した。
またきゅっと手を握りしめてみるがやはり冷たいままだった。

「昨日、家に忘れちゃって」
「早く言ってくだされば良かったのに」

 苦笑いして左手の手袋を外した。
そして私の右手をきゅっと握る。
その手は、温かくて優しい。

「どうぞ」

 私の左手はぶかぶかの手袋。
右手は彼の大きな手のひらの中。

「少しくらい温かいでしょう?」
「……うん」

 静かな朝。
しんと凍りついた空気。
空に浮かぶ雲は、私の頬のようにピンク色だった。
 彼の手に力がこもる。
はっと顔を上げると優しい笑顔と目があった。

「こういう朝もいいですね」
「そ、そうかな」
「はい。乗り遅れてくださって良かったです」

 白い息がふわりと浮かぶ。
ぼうっと見とれながら呆けた返事を返した。
そんな私を見て、彼はいっそう笑顔になる。

「本当に良かった。素敵な夜が過ごせて」

 彼の手に、力がこもる。
立ち止まって見つめ合った。
 眩しい。
朝日が彼の真っ白なコートに反射して私の目を灼いた。

「……もし、よろしければ」

 冬の朝独特の張り詰めた空気が私を包む。
ぴんと背筋の伸びるような。
それでいて、少し優しい。

「このまま帰ってしまうだなんておっしゃらずに、もう少し僕の部屋で休んでいかれませんか」

 それは彼の空気に似ている。
見つめられると背筋が伸びる。
けれど、いつも優しい。
優しいけれど、拒否権はない。

「……うん」

 冬の朝。
私達は手を繋いで来た道を戻る。
そろそろ気温があがり始める。


end
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