short story

□阿修羅間
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 男は里の全てを壊した。
焔に照らされた男の背には醜い傷がしっかりと刻まれていた。
赤に染まった男は、女の元に向かった。

 女は男の姿を見るなり悲鳴を上げた。
血の気は引き、ぶるぶると震えながら腰を抜かして動く事も出来なかった。
男は黙って女を担ぐと森の中へ向かっていった。

 道中、女は恐怖のあまり涙を流し続けていた。
小屋を過ぎ、森の奥の奥までやってくると男はようやく女をおろした。
男は血まみれの指で女の涙を拭うと、ぎこちなく微笑んだ。
その姿をみて、女はようやく小さな声で「あなたは鬼なの」と問うた。
男は低く

「私は鬼だよ。争いの中に身を置くしかできない修羅の鬼だ」

 そしてまた男は続けた。

「私はお前を傷付ける全てのものからお前を守りたい」

 男は太刀を外して女の前に置いた。

「しかし私は、このような守り方しか知らない」

 女は、震える指を伸ばして男の頬に触れた。
確かにぬくもりがあるはずなのに、何故か女には氷よりも冷たく感じた。

「あなたは、鬼なの」

 その問いには答えないまま、男は目を伏せてまた笑う。

「その私が、何よりもお前を傷付け怖がらせているのだな」

 男はそういうとすっくと立ち上がり森の奥へ進んでいった。
女は呆然とその背中を見つめていたが、はっとして立ち上がった。
力の入らない足腰を叱咤して男の跡を追う。

 深い緑をかき分けて、女は星屑の輝く空に立ち止まった。
びゅうびゅうと風が吹き荒れ、まるで獣の声のように響いていた。
その崖の淵で、醜い傷のある鬼が静かに立っていた。
女はその衣の裾を掴もうと手を伸ばしたがするりと抜ける。

 鬼は笑った。

「私は、お前を恋うていたよ」

 そして崖の遙か下まで吸い込まれていった。
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