ダルいズム。

□幻の絵
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 零斗くんは不機嫌そうに唇を歪める。

「今はだめだ」
「どうして?」
「すげぇ汚い」
「アトリエって散らかっているものじゃないの?」
「でも汚い」

 私がアトリエの勝手なイメージを挙げても零斗くんは頷かなかった。
ふいと目をそらして、唇を曲げて眉間にしわを寄せている。
 どうやら、恥ずかしいらしい。
目をそらして不機嫌な顔をする時は照れている時だと最近分かった。
本当に機嫌が悪い時はまっすぐに相手を見る。

「分かった。じゃあテストが終わったら見せてね」

 笑いを抑えながら言うと、零斗くんは低い声でおう、と言った。
相変わらず目はそらしたまま。
夕日のせいで分からなかったけど顔も赤い。

「……そうだ」

 ぱっと零斗くんがこちらを見た。
目が合うと無駄に焦ってしまう。
見つめていたのがバレてしまったのかと思った。

「黒川、モデルやってくれないか」
「モデル……?」

 けれど零斗くんの口から出たのは思ってもみない言葉だった。
私はきょとんと零斗くんを見返す。

「あんた、キレイだから」

 まっすぐ、私を見つめて。
唇を曲げるでもなくて、真顔で。
お世辞でもなんでもないまっすぐな言葉だった。
だからこそ、余計に気恥ずかしい。
 
「そ、そんな事ないよっ」
「いや、キレイだ。あんたの身体はすげぇキレイだ」

 絶対の自信を持って、零斗くんは言いきる。
今度は私の顔が赤くなる番だった。

「み、見たこともないのに、分からないよ……?」
「服の上からでも分かる」

 零斗くんは私の左腕を持ち上げて見つめた。
私の腕の全部、服の様子も肌も、中身まで見るような真剣な目。

「まず骨がいい。太いわけじゃないのにしっかりしてる。何より標本みたいに歪みがない。骨格がキレイなのはいいことだ」

 美術品か何かを鑑定するように私の身体の良さを挙げていく。
骨が良い、とほめられても素直に喜ぶべきかどうなのかは微妙なところだけど。

「次に筋肉。いい筋肉がついてる……しなやかで、柔らかい。これは動物として素晴らしい」

 零斗くんが私の腕に顔を寄せた。
びっくりしてかたくなるが、動けない。
露出した手首が零斗くんの髪に触れる。
服の上から温かい体温を感じる。

「脂肪もいい。質が高い。少し少ないような気もするが、筋肉とのバランスは最高だ。柔らかい、いい肉だ」

 真剣な目で私の腕を見つめる。
絵の話だったはずなのに、このままじゃ食べられてしまうんじゃないかと思うような、目。
 ふとその目が閉じられる。
 目を閉じて、腕を頬の上で滑らせる。
髪に触れていた手首が頬に当たる。
そして、唇が触れた。

「肌も……きめが細かくてみずみずしい。なめらかで、月明かりに映えそうな……」

 心臓がどきどきする。
普段が普段だけにこういう事をされるとすごい破壊力だ。
口数も少なくて、言葉も選べないような人なのに、絵の事になると何かが憑いたようになってしまう。
零斗くんが喋ると唇が動くのがよく分かる。
普段は、身体に触れることさえためらうような人なのに。
もう、頭がぐるぐるする。
 多分閉じられた目の裏には絵の情景が浮かんでいるのだろう。
彼にしか見えない、幻の絵が。
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