ダルいズム。

□おでん
3ページ/5ページ

 春太がこたつに何かを運んできた。
おからときんぴらごぼうだ。

「お前どれだけ料理上手なんだよ」
「違う違う」
「これは俺じゃない」

 間に入り込んできた別の声は、もちろん風祭のものだ。
きょとんとしてその顔を見るとばっちり目が合う。

「それは俺が作ったんだよ」

 眼帯をつけた哀愁漂う壮年男性。
エプロン姿がよく似合う人の良さそうな男子高校生。
どちらがこの家庭料理を作ったかと言われれば、明らかに後者の方だと思うだろう。

「えええっ!でもコンロすっごい綺麗でしたよ!?」
「三ヶ月ぶりに料理したからな」
「しかもおからって!きんぴらごぼうって!」
「そこの金髪より日本人らしいだろ」
「えぇー……」

 手間のかかりそうなこの二品を風祭が作ったとは思いがたい。
ちらりと台所に戻った春太を見るとおでんの味見をしながら答えた。

「俺がおからするならもっと白くて綺麗に作る」

 春太なりに何かプライドがあるらしい。

「料理できるなら春太に作らせなくても良いじゃないですか……」

 二品を見る限り、料理の腕はなかなかのようだ。
和食が得意ならばおでんも作れるはずだ。
しかしわざわざ春太に作らせている。
何か理由でもあるのだろうか。

「関西風のおでんが食いたかったんだよ。で、春太が作れるって言うから作らせた」
「か、関西風ですか……」

 佐々岩の知る限り春太は関東育ちのはずだが。

「うちの母さんのフランス人なんだけど関西に留学しててさ。日本語も料理もそっちで覚えてきたから完全に関西人なんだよなあ」

 醤油取りにわざわざ家に帰ったんだぞ、と不満げに言っていた。
春太が純粋な日本人ではない事は、一目見ればすぐ分かる。
しかし何もかもがずれている。
英語はさほどでもなくむしろ国語が得意科目で、和を尊ぶ精神や控えめな態度は日本人の国民性に合致している。

「……春太って存在が詐欺だよなあ……」
「ああ、詐欺だな」

 しみじみ呟くと風祭も静かに同意した。

「やっほー、みんな集まってる?」

 ドアの開く音と共に小さな生き物が転がり込んでくる。
佐々岩は予想通りの面々に内心ため息をついていた。
 入ってきたのは有重だ。
実際に転がり込んできた訳ではなかったが、もこもことしたコートを着込んだ姿ではそう見えてしまう。

「ケーキ買ってきたよ、ホールケーキっ!」

 ケーキ屋の箱を持ち上げてこちらに見せてくる。
佐々岩も知っている有名店のロゴが入っていた。

「あれ、そこって遠くないか?」

 記憶が確かなら、電車に乗らなければならない距離だ。
有重は嬉しそうに頷いて肯定する。

「これ買うついでに家帰ってきたの。駅前だしついでだもんね」
「おでんにケーキかよ……」
「時也、甘いもの嫌いだったか?」
「好んでは食わん」

 風祭は立ち上がって一升瓶に手を伸ばした。
鍋をコンロから外して別の鍋を据える。

「マドカ、温度」
「はい?」
「熱め、普通、ぬるめ、冷や」
「……ぬるめで」
「スルメはないぞ」

 熱燗の質問だったようだが、主語も目的語もない。
これで理解しろという方が無理というものだ。
英語教師のくせに、と心の中で呟いた。

「春太、温度」
「飲ませませんからね!」

 教師のくせに。
いい加減にも程がある先輩教師を見て、佐々岩は本当にため息をついたのだった。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ