middle story

□唄う森2
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 男は唄う森に向かっていました。
 唄う森は以前と同様に静まりかえり、鳥や虫の声は聞こえず、男の呼吸と足音だけが森に響きました。
 男は奧をめざして歩きました。
 夕暮れが近づき、男は野宿を決めました。
簡単な夕食を済ませ、辺りが真っ暗な闇に支配されて来た頃に
男はマントをかぶって眠ろうとしました。
 しかし、その時声を聞きました。

「少女が歌を唄っているのだ」

 そう思った男は声をたどりに森の奧へと足を進めていきました。

「私はこの森で唄う事が、何よりの幸せなのです」

 男が楽器を弾いてやると、少女の声は少し大きくなりました。

「私はこの森で唄う事が、何よりの幸せなのです」

 男は少女に近づきました。
そうして、軽く少女の頬に口付けました。

「私はこの森で、貴女の歌にあわせて楽器を奏でよう。
唄う森の少女、それが私にとって何よりの幸せなのだ」

 男はそう言って楽器を弾き続けました。
男は少女が唄う限り楽器を奏で、少女は男が楽器を奏でる限り歌い続けました。
 三日男は楽器を弾き続け、四日目の朝にとうとう倒れてしまいました。
 男は死ぬのかも知れない、と思いましたが、それも構わないと思いました。
 少女の歌声を聞きながら天に召されるのならば、それはきっと天国に行くに違いないと思ったからでした。
 男は目を伏せて少女の歌声に神経を集中させました。

「私はこの森で唄う事が、何よりの幸せなのです」

 男は驚いて少女を見ました。
 少女は悲しげな瞳で男をじっと見つめていました。
 男は

「実を一つもらっても良いか」

と聞きました。
少女は小さく頷きました。
 その間も少女は歌を唄っていました。
男が聞いたこともないような美しい歌声でした。
 男は静かに眠りにつきました。
実をもぐ元気もありませんでした。
 それでも、少女の木の根元で安らかに死ぬ事が出来るなら、それはそれで構わないと思っていました。
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