middle story

□ヘブンリー・ブルー
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 その姿に僕はぎょっとする。
何か変わったところがあったわけではない。
足も地に着いていたし透けていた訳でもない。
ただ、雰囲気が。
今そこにいるのに風が吹けば飛んでいってしまうのではないかと思わせる雰囲気を、纏ったのだ。
 僕は雪美の手を握った。
飛んでいってしまわないように。

「ひとつ、ください」

 店のおじさんに告げる。

「どれがいい?」

 店には沢山の風船があった。
青、黄、緑の風船に、兎のような耳のついた風船。
中に花が入った浮かぶ事のない風船。
値段は後になる程上がっていく。
僕はどれがいいのか分からずに、黙り込んだ。

「赤いのが欲しい」

 雪美が言った。

「赤い風船が欲しい」

 もう一度、雪美が言った。
 じゃあそれをと僕が言うと、店のおじさんは手早く風船の中にヘリウムガスを入れて膨らませた。
浮かんでいるものの中に、赤い風船がなかったのだ。
 料金を支払うと僕は雪美に風船を手渡した。

「あげる」
「いいの?」

 雪美は聞いた。
僕が頷くと、雪美は大儀そうに唇の両端を吊り上げ、そして目を細めた。

「ありがとう」

 彼女は左手を僕に握られていたので右手でその風船を受け取った。
その風船で浮いてしまうのではないかと、僕は左手をきゅっと握る。
しかし雪美は顔を顰める事もせず、ただうっとりと赤い風船を見つめていた。
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