ダルいズム。

□学園の皇帝陛下
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 俺は静かに煙草を灰皿に押し込めると、ゆっくりと立ち上がった。
ようやく気付いたらしい彼女は、はっとこちらを見た。
 正面を向いて初めて分かった。
二十年前と決定的に異なるところが。

「こんにちは」
「あ……こんにちは」

 俺が微笑んで言うと、驚きながらも言葉を返した。
やはり立ち上がると懐かしさがこみ上げる。
この大きさ。
俺の身体にすっぽりと包みこめる、愛らしさ。
 彼女の右頬には痛々しい火傷の痕が見えた。
しかし、俺ほどひどいものではない。
うっすらと、耳のそばから首筋にかけてひきつるような痕が見える。
二十年前にはなかったもの。

「残念ですけど、ここでは何もやってませんよ」
「そうですか」
「薔薇があるばっかで」
「そうですね」

 少し気まずくて、俺は煙草に火をつけた。
 彼女は、俺の事なんか忘れているかもしれないというのに。
忘れて、幸せになっているかもしれないというのに。

「この薔薇は?」

 小鳥のように首を傾げ、その蕾に触れる。
かつて彼女が蕾だった頃。
その初々しい美しさに俺は目眩さえ感じた。
そしてその花を手折ったのは、紛れもなく、俺。
その花はしかし、もう俺の手の内にはない。

「うちの教員が勝手に育ててるんですよ。理科の実験に使うとかどうとか」
「まあ、薔薇を?」
「もっとも、誰も使ってるとこを見たことはないんですがね」

 まあ。彼女は笑った。
花が咲いたように。
 
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