short story

□魔法の指先
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 電気のついていない部屋は薄暗かった。
小さな窓からかすかに差し込む街燈の光だけがこの部屋を照らす。
埃がきらきらと見えて、それはそれで美しい。

「またか」

 同じ言葉を彼は言ったが明らかにニュアンスは異なっていた。
先のは確認、今のは確信。
車のヘッドライトがにわかに部屋の中を鋭く照らした。
 打ちっぱなしのコンクリートに散乱する髪。
ところどころに飛び散った血痕。
眩しさに瞼を閉じても濃厚なシンナーのにおいは頭をとろかせる。
彼が確信するのも、無理はない。
 自己弁護のために告げるが、このシンナーは本当に頭をとろかせようとしたものではない。
コンクリートに描かれるこの雰囲気に似つかわしくないほどの鮮やかな色彩を作り出すために使用された残り滓だ。
結果として脳がとろけてしまったことには弁護のしようがないが。

「眠れないから」

 眠れない。
その言葉は真実何物でもない。
私は確かに眠れない。
眠れないと、頭がおかしくなりそうになる。
いいや、頭がおかしくなりそうで眠れなくなるのだ。
その度に私はコンクリートに頭を打ちつけ、髪の毛を引きちぎりかきむしり刃物でざんばらに切り、身体に切り傷をこしらえてピアスを空ける。
 
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