short story

□魔法の指先
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 病的だ。
けれど私は病院にいかない。
早く行くべきだろうとは思ってはいるのだが、この不眠症たるべきものが私を襲うのは一月に一度。
もしくは三ヶ月に二度。
そんな微々たる発作の人間が心療内科や精神科に行ったとして、本当に困っている人の順番が遅れるだけではないだろうか。
そう思うと病院にいけずにいるのだった。
 大体この症状は別のことをしているとそのうちにどこかへと消え去ってしまう。
三、四日、長くて一週間もすれば私はいつもの普通の人間に戻ることができる。
だから私は病院にはいかない。
病院に行ってしまえば普通の人間のときでさえ私は普通の人間ではないという目で見られてしまうから。

「今度は何?」

 彼は煙草の火をつけながら訊いた。
全身ずぶぬれの癖に、煙草だけは守っていたらしい。
なんと彼らしいことだろう。
彼は煙を吐き出しながら絵の具やペンキで艶やかに汚れたタオルで頭を拭いた。
いつものことなので私は何も言わない。そうしていると彼はおもむろに自分の服を脱いで洗濯機の中に突っ込んだ。
ズボンも何もかも取り払ってから彼だけのためにある灰皿に煙草を押しつぶした。

「風呂、借りるぞ」
「ん」

 彼はそのまま風呂場へと消えて行き、私はまた独りになった。
シャワーの音は雨音と酷似していた。

「……死ねばいいの」

 ぽつりと私はつぶやく。
  
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