short story

□エルドラドの死神
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 女の子はいつも森の中を唄いながら歩いていましたが、時々鳥ではなく男の子を連れていました。
男の子は真っ黒の髪に真っ黒な瞳、そして真っ黒な服を着ていました。
男の子は無口で、いつも不機嫌そうな目で女の子を見るのでした。
 それを見た死神は、どうして女の子が男の子と一緒にいるのか分かりません。
二人は酷く不似合いで、男の子は嫌な奴だと思いました。
けれど女の子はどんな酷い事を言われても、笑顔で答えるのです。
死神はもっと分からなくなりました。

「ねぇハインリヒ」

 女の子は笑顔で言いました。

「……なに」
「貴方大きくなったら私をお嫁さんにしてくれる?」

 そう言われると男の子は黙りこくってうつむきました。
不機嫌そうな、意地悪くつりあがった目を女の子にむけて、でもなんにも答えません。
女の子はひどく楽しそうにくすくすと笑いました。

「そんな事、できっこないだろう」
「あらどうして」
「僕は人じゃなくて者だから、結婚なんてできやしない」

 その言葉を聞いて女の子はびっくりした顔をしましたが、すぐに笑顔になりました。
今まで見た事がないくらいの、とびっきりの笑顔でした。

「それなら貴方は人にならなくちゃ。そうして、私を迎えにきてくれなきゃいけないのよ」

 そう言って、女の子は男の子に抱きつきました。


 死神はずっとそれを見ていました。
静かに静かに見ていました。
大きな枝に腰掛けて、大きな鎌を持ったまま、黙りこくって聞いていました。
 ぎゅうと鎌を握りしめるとひらりと地上に飛び降りて、男の子の背中に鎌を向けました。

「ハインリヒ」

 低い声で呟きましたが男の子は顔を上げません。
死神の声は人間に届かないのです。

「俺がお前だったらな。ハインリヒ、俺が胸に三重にもたがをはめて、胸が張り裂ける事を抑えられたら!」

 ぶんと鎌を振り上げて死神は叫びました。
そのままじっと男の子の背中を見つめていましたが、やがて静かに鎌をおろしました。
 男の子は死神に向き直りました。
決して見えていた訳ではありません。
それでも男の子は死神の方を振り返りました。

「約束は、出来ないよ」

 小さな声。わずかに赤らんだ頬。きらきらと輝いた瞳。
男の子は女の子が嫌いなのではなく、大好きなのでした。
だから照れてしまって、まっすぐに言葉を伝えられないのでした。
しかし女の子は素直ではない男の子の事をよく知っていました。

「ええ私もよ、ハインリヒ」

 死神は下唇を噛み締めて、ゆっくりと後ろを向きました。
そして、暗い暗い森の中に入って行きました。
きっと二人は口付けを交わすでしょう。
それを見たくなかったのです。
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