ダルいズム。
□おでん
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「学校終わったら肴持ってうちに来い」
今朝いきなり告げられた謎の使命に首を傾げながら、仕事が終わると言われた通りいくつか肴を買って部屋の前までやってきた。
普段、外でさえ飲みに誘われる事はない。
一体どういう風の吹き回しなのかは知らないが、予定のない金曜の夜、先輩孝行をするのも良いかもしれない。
佐々岩はどこからか漂ってくるおでんの香りに軽い空腹をおぼえながらもインターホンを押した。
「はあーい」
しかし聞こえてきたのは予想とは違う声。
家主の声ではない。
しかもこの声には聞き覚えがある……。
「はい、ごめん。えーと……いらっしゃい?」
ドアを開けたのは、つい一時間ほど前に顔を合わせていた春太だった。
まだ制服姿だったがエプロンまでつけている。
「……なんでお前がここにいるんだよ」
「何か時也におでん作れって鍵を渡されて……あ、入れば?」
自分の家ではない家に客をあげるのは少し違和感がある。
ちょっとぎこちない動作で佐々岩に進路をあけた春太に軽い会釈をしながら靴を脱いだ。
家主に無断で立ち入るのも、少し違和感がある。
春太が言った通りおでんの香りがするのはこの部屋からだった。
「なんでおでん?」
「さあ……時也に聞いてくれよ」
家主である風祭は不在らしい。
通された部屋はこたつの上にカセットコンロが設置されて用意万端のようだった。
邪魔にならない隅に鞄とコートを置くと台所の方を向く。
一人暮らし用の小さな冷蔵庫とあまり使われた形跡のない二つのガスコンロには鍋と土鍋が置いてあった。
使い勝手の悪そうな台所だが、男性の一人暮らしならこれで良いのかもしれない。
佐々岩はしゃがみこんで冷蔵庫を開けた。
「……いかにもって感じだねぃ……」
「何が?」
「いや」
冷蔵庫の中は予想通り酒が詰まっていた。
発泡酒、ビール、梅酒、ワイン……。
たまに瓶詰めが見えるがアルコールに添えるオリーブのようだった。
あまりに相応しい中身に苦笑いを隠せない。
肴を入れているとインターホンが鳴った。
「はいはーい」
春太がぱたぱたと玄関まで駆けていく。
よく似合ってはいるが、あくまで男だ。
「マドカ来たのか」
「今冷蔵庫漁ってる」
ようやく家主の声が聞こえて冷蔵庫をしめた。
「卑しいなあ、お前」
「いや、肴入れてたんですよ。チーズは冷やしてた方が良いでしょう?」
「チーズかよ……」
不満そうに言ってレジ袋を床に置く。