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□唄う森2
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 ある時ある男がその実を得ようと唄う森に向かいました。
男は友人と歌を唄って渡り歩く楽士だったのですが、
友人が喉の病にかかり、友人の美しい歌声は老人の様にしゃがれ、掠れた声になってしまいました。
 男は友人が歌を唄う事が何よりの幸せだと知っていたので、危険を承知で唄う森の果実を求めたのです。
 唄う森につくと、男は想像していたよりも静かなのに驚きました。
鳥や虫の声は聞こえず、男の呼吸と足音だけが森に響きました。
 果実がなるのは一番奧の一番大きな樹だけだったので、男は奧を目指して歩きました。
 夕暮れが近づき、男は野宿を決めました。
簡単な夕食を済ませ、辺りが真っ暗な闇に支配されて来た頃、男はマントをかぶって眠ろうとしました。
 しかし、その時声を聞きました。
 はじめ男は

「唄う森なのだから
声くらい聞こえるだろう」

と思って懸命に眠ろうとしましたが、
その声が悲しく、誰かを乞うているように聞こえたので、とうとう男は起き出して、その声の主を捜し出しました。
 不思議と森は静かでした。
 森は夜になると全ての樹木が唄い美しくも騒々しいと聞いていた男は、それを気にしながらも声をたどって歩きました。
 そうして、少し開けた場所に出ました。
 男はひときわ大きな唄う樹を見上げます。
 そこには、少女がいました。
 少女のか細い身体は幹に取り巻かれ、そこから根が生え、枝が伸び、葉が茂り、花が咲き、実がなっていました。
 男は驚きのあまり後退りましたが、少女が唄っていると気付くと目を伏せて少女の歌声に神経を集中させました。

「私はこの森で唄う事が、何よりの幸せなのです」

 男は驚いて少女を見ました。
 少女は悲しげな瞳で男をじっと見つめていました。
 男は

「実を一つもらっても良いか」

と聞きました。
少女は小さく頷きました。
 その間も少女は歌を唄っていました。
男が聞いたこともないような美しい歌声でした。
 男が楽器を弾いてやると少女の声は少し大きくなり、楽しんでいる様に聞こえました。
 男は少女の樹の根元で一晩を明かしました。
 朝になると、男は少女の腕になる果実を一つもぎ、森を去っていきました。
 午の内は静かなはずの森は、小さな少女の歌声と男の呼吸と足音で、少し騒がしい様に思えました。
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