晦日ノ月

□人間合格【三】
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「…まさかマジにラーメンかよ」
 幽助のマンションで桑原の目の前にくり出されてきたのは、湯気のたちのぼるラーメンだった。
「夏の間ぐらい冷やし中華にしとけよ」
 言いながら、桑原はレンゲでスープをすくい、息を吹きかけ冷ましている。
「るせぇ、文句があるなら食うな」
 キッチンで自分の分も作りながら幽助が怒鳴るのに、桑原は首をすくめ、
「まあ、その、なんだ、クーラーの効いた部屋で食べる熱いラーメンてのも、なかなかオツなもんだ」
 と、スープを啜った。
 幽助の作るラーメンは、さほど凝ったことはしていないのだが、常連もついて、そこそこ繁盛しているようだ。
 母子家庭で育った上に母の温子はさほど料理が得意ではない。包丁さばきなど幽助の方が断然上手かった。
 一説によると料理も経験だけではなく、センスも問われるものだという。いくら経験があり、調理が好きであってもセンスがないと上達もしにくいし大成もし難いらしい。
 そういったところはどこか格闘技と似たところがある。幽助は格闘のセンスだけでなく料理のセンスも非凡であるのかも知れない。
 幽助は桑原の真向かいに座り、自分もラーメンを食べようとして、ふと、気がつく。
 さっきまでの苛立ちも、胸につかえていたものも、今は少しも感じない。
 目の前には、自分の作ったものを美味そうに食べてくれている人間の姿。

 それが、ひどく、うれしい。

 幽助は自分が食べることも忘れて、桑原をただ、見つめていた。
 麺と具をたいらげた桑原は、最後にラーメン鉢を両手で持ち上げ、スープを飲み始めた。
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