晦日ノ月
□二律背反【三】
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そうだ、あれは自分で選んだことだ。桑原は再び、自分にそう言い聞かせ、折れてしまいそうな心を隠すように強がった。
「あれは、俺が選んだことだ」
蔵馬の手を、桑原は撥ねつける。
「お前には、関係ない」
「関係ない、だって?」
蔵馬は自分でも驚くほど強引に、桑原に口づけた。
「これでも、そう言えるのかい?」
桑原は呆然と、涙で濡れた瞳で、蔵馬を見つめた。
「…君はいつもそうだ…自分の身体も命も投げ出して…」
暗黒武術会決勝戦。
幽助の底力を引き出すべく、戸愚呂がこちらに歩み始めた時、桑原は皆を制して
「俺ひとりでいい」
と言った。みすみす殺される気か、と言った自分を、まだ十代の子供だった桑原の目が射すくめて、蔵馬は気圧された。
妖狐の力が戻りつつあったような自分を、彼はその眼差しだけで黙らせた。
彼が戸愚呂に向かって走り出した時も、それを追えずにいた。彼が倒れかけて、やっと蔵馬の足は動いたのだ。
自分よりはるかに格下の、それも人間の子供に威圧された。
そんなことは初めてだった。
他人のために命をかける、否、投げ出してしまう桑原に、蔵馬は素直に畏怖と賛辞と…そして苛立ちと焦燥を感じて不安になった。
また、同じようなことが起きてしまったら、と。
その不安は、最悪な形で現実となってしまった。