晦日ノ月

□二律背反【二】
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 図書館を後にする頃には日はとっくに暮れていて、ふたりは近くのファミレスで夕食を摂ることにした。
「で、蔵馬の悩み事って、いったいなんなんだ?」
 無邪気に尋ねてくる桑原に、蔵馬は笑顔を顔に貼りつかせたまま、もっともらしく切り出した。
「近々、プレゼンがあるんだ。これに勝てれば、融資も引き出しやすくなる、一大プロジェクトの、ね」
「で、南野主任の出番、ってわけだ」
 蔵馬はパスタをつついていたフォークを脇に置いて、少しため息をついてみせた。
「その前に、最近ヘッドハンティングを受けてうちの会社に転職してきた、やり手の課長クラスの人間と、一勝負しなきゃいけないんだ。これがまた本当に理論もアイディアも、なかなか鋭い人なんだ」
 ほえー、と桑原が口を開ける。
「蔵馬にそこまで言わせるなんてなぁ…よっぽどその道のベテランなんだな」
「いや、それがまだ三十代の若造でね」
 その言い方に桑原は吹き出した。
「おいおい、おめーの方が年下だろうが」
「いや、俺の方が長く生きてるし」
「そりゃそうかもだけどよ…」
 蔵馬は水を一口含み、その手にした冷えたグラスを見つめた。
「けっこう敵視されてるみたいで、やりにくいんだ。そしてその相手をどうやってへこましてやろうか、と考えてる自分がいる。同じ会社の仲間なのに、ね」
 憂鬱そうに蔵馬はグラスをテーブルに戻す。
「自分の底意地の悪さに、あきれているんだ」
「…そんなことはないと思うんだけどよ」
 蔵馬は首を横に振ってからうつむいた。
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