晦日ノ月

□二律背反【四】
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「…」
 妖狐はなかば予想していたとはいえ、桑原の頑固さに呆れると同時に、奇妙な悦びを感じた。
 そうだ、彼はこうでなくては。
 だからこそ、堕とし甲斐があるというものだ。
「そうか、残念だが、あきらめよう。その代わり」
 端麗な顔に似合わない、否、むしろ相応しいような残酷な笑みを妖狐は浮かべた。
「こいつを相手にしてもらおうか」
 妖狐の腕に、魔界から召喚された、透明ながらほんのり青白い、さながらクラゲのような姿形の奇怪な植物が纏わりついている。
 顔面が蒼白になった桑原に、
「そんなに心配することはない。俺がそばにいて、ちゃんと見ていてやるから」
 と言って妖狐はその植物を腕から解き放った。
 姿形だけでなく、色も大きさもクラゲのような植物は、太さの違う幾本もの触手を蠢かせながらじわじわ近づくと、桑原の身体に触手を伸ばしてきた。
 桑原に触れた途端、その体色が赤黒くなり、興奮したように触手の動きが激しくなった。
「…やめっ…ろ…」
 粘液を滴らせながら這いずり回るその感触に、桑原は身を竦ませるが、熱い身体に、ひんやりとした触手はむしろ心地よく、与えられる刺激はそれよりもなお、桑原を蕩かそうとする。
「…やだ…ぁ…」
 刺激にいちいち反応を返す自分自身に、桑原は情けなくて悔しくて堪らなかった。涙が止まらない。
「蔵…馬…」
 助けを乞うように呼ぶが、そこには腕組みをして、情欲と快感に身悶えている自分を蔑むように見下ろしている、妖狐の姿があるばかりだった。
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