晦日ノ月
□二律背反【五】
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「な、なにをす…!」
男はうちつけた腰をさすりながら抗議しようとして、その言葉を途中で飲み込んだ。
サングラス越しにこちらを見やっている相手の、2メートルを超えている長身と、それに見合った鍛えぬかれた逞しい身体が発しているその迫力に、度肝を抜かれたからだ。
「…と、戸愚呂…」
かすれた声で、桑原は闇の中から突然現れた男を呼んだ。
戸愚呂は皮肉げな笑みを浮かべつつ、ドスの効いた声で
「さっさと消えな」
と、男を促した。だが男はちらり、と未練がましく桑原を見やる。それが命取りだった。
次の瞬間、男の身体は宙に浮いていた。正確には、戸愚呂の蹴りを食らって吹っ飛んでいたのだ。
地面に転がってのたうちまわっている男に、戸愚呂は
「まだいたのか」
とだけ言った。その一言に男は恐慌をきたしたらしく、叫びながら転がるようにして走り去った。
呆然としていた桑原は、男の姿が見えなくなると、ようやく我にかえった。
「…戸愚呂…なんで…ここに…?」
戸愚呂はそれには答えず、頬を歪めて笑った。
「ずいぶんと色っぽい恰好だねぇ…」
はっ、として桑原は自分の身体を抱きしめ、顔を逸らした。
組伏せられているというのに、ろくに抵抗もできなかった今の自分は、さっきの男の言った通り、戸愚呂には男娼のように見えていることだろう。
恥ずかしくて、戸愚呂の顔を見ることができない。
「ここからなら、俺のマンションの方が近い」
唐突に戸愚呂は自分のコートを脱いで桑原を包むと、そのまま桑原を抱き上げた。