月喰いの夜刀

□月喰いの夜刀【一】
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 6月初旬だというのに、真夏のような午後3時の太陽がアスファルトを焦がし、ビルの壁面やショーウィンドウから反射する熱は、より一層の蒸し暑さを振り撒いている。
 休日ということもあって人も車も多く、メインストリートには街の熱気をより増幅させる、男女二人連れも目につく。
 ここぞとばかりに高いものをねだる彼女に困惑する彼、気前よく買ってやる彼に大喜びの彼女、といった攻防戦が繰り広げられる中、彼女に大敗を喫している一組のカップルがいる。
 ずんずんと、不機嫌そうに先を歩く、清楚な水色のワンピースを着た彼女と、その後ろを大量の買い物を持たされつつ歩いている彼、という実に分かりやすいふたりだ。
「なぁ、螢子ぉ〜、いいかげん、キゲンなおしてくれよ〜」
 華々しい店名のロゴのついた紙袋に埋もれているかのような彼は、猫なで声というよりあわれを誘うような声を彼女にかけた。
 螢子、と呼ばれた彼女はしとやかな長い髪とワンピースの裾をひるがえしつつ振り返ったのたが、その顔はせっかくの美貌が台無しな、不機嫌きわまりない表情だった。
「あーら、幽助ったら、もうへばったの?これぐらいでへばるようじゃ、トーナメントの優勝は遠いわね」
 幽助、と呼ばれた彼も、きりっ、とした眉毛に力強い印象的な瞳をしていて、なかなかの美男美女カップルであるのだが、デートにしては空気が険悪だ。
「だから、悪かったって、このとおり、買いモンにもつきあってんだからよ、せめてどっかで茶くらい…」
 言いながら喫茶店はないかと視線を泳がした幽助に、螢子は眉をより歪ませた。
「なに言ってんのよ、だいたい、私が半日かけたレポートとそれが入ったパソコンを壊してくれたのはどこの誰なのっ、買い物につきあったくらいじゃ、全っ然、追いつかないわよ!」
 周囲の人が何事かと、足を止めるほどの剣幕だったが、単位に響くレポートを白紙にされた女子大生としては、当然の反応か。
「だーかーらー、悪かったって、言ってるだろ?次のG1で大穴一発、どーんと当てて、パソコンも弁償するし、そもそもパソコンがあんなに弱いモンだとは思わなかったんだよ」
 と、弁明を試みる幽助。
「なにがG1よっ、そもそも勝手にヒトのパソコンでゲームして、それに熱中して、飲みかけのビール思いっきりこぼして、おまけに拭こうとして電源いきなり落とす?信じられないっ」
 機嫌がなおるどころか螢子は怒りが再燃したようだった。
「でもよぉ、レポートは結局間に合ったんだろ?ソフトだかハードだかで、データも全部取り出せたんだろ?」
「それをしてくれたのは蔵馬さんでしょ!ほんとなら幽助、あんたがしなくちゃならないことだけど、あんたはパソコンなんてゲームと…エッチなサイト見るぐらいじゃないの!」
 言葉の終盤には螢子の顔が怒りだけではない理由から真っ赤になっていた。
「パソコンなんてそれだけできりゃ、充分じゃねぇか…」
 一方的に言われたあげくに痛いところをつかれた幽助がなかばふてくされて反論するのに、螢子の一喝が降り注いだ。
「それだけしか出来ないヒトが、勝手に他人様のパソコンで遊んだあげく、壊さないでよっ!」
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