月喰いの夜刀

□月喰いの夜刀【二】
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1.

 電車が大きく揺れた拍子に、甲高い鳴き声が車内に響き渡った。
 五月なかばの平日の昼下がり、郊外へと向かう電車のこと、さほど乗客もなく、結果としてその鳴き声がどこから発せられものなのか、すぐに判明した。
 入り口近くに立っている、背の高い、おまけに強面の、しかも茶色の長い髪を金属製のいかつい指環のようなもので束ねた男が提げている、黒い布に包まれた箱から、その鳴き声はしていた。
 数少ない乗客の視線が彼に向けられたものの、その迫力ある存在感に、誰もが目をそらした。
 だが、当の本人が小声で「もうちょっとのガマンだから、おとなしくしててくれよな」などと箱に向かって話しかけるのに、車内の雰囲気が不穏で不審なものとなってしまった。
 おりしも、危険物の持ち込み禁止と不審物発見の際には乗務員にお知らせを、という車内アナウンスが流れ、場の空気がより重苦しいものとなる。
 そんな気配を察してか、不審な箱を持っている不審な男は周囲を見回すと、
「あの、すいません、これ、鳥なんです、」
 と、大声でバカ正直に宣言すると、その四角い箱を持ち上げて見せた。
 どうやら鳥かごらしいその中から、確かに鳥のものと思われる、落ち着かなさげに羽ばたく音が響いてくる。
「そういうわけで、鳥です。こいつの分の切符もあります」
 空気はなんだか虚脱したものになったが、一見、いかつそうな兄ちゃんが、周囲に気をつかった、ということが妙におかしく、しかも鳥の分の切符も買ってあるという、見かけによらないマナー遵守の姿勢に、乗客たちの雰囲気は和んだ。
 ご当人はそれを確認して、何事もなかったように市街地から山並みの風景へと変わり始めた、窓の外を見つめている。
 それからいくつかの駅を過ぎ、閑静というよりもひなびたたたずまいの無人駅に着く頃には、電車の乗客は鳥かごの彼だけだった。
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