月喰いの夜刀

□月喰いの夜刀【四】
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1.

「はあ?なんだって?」
 聞き間違いかと思い、桑原はすっとんきょうな声をあげた。
「だから、この結界を破って欲しいんじゃ」
「な、なんでだよっ、ばーさんがこれだけ精魂込めて張った結界なんだぜ!それを…」
 コエンマがさえぎるように、首を横に振った。
「幻海もお前ならば許す。だからこそ、この場所をお前への遺産として区分けしたんじゃろう。ここに来るまでは、ワシがそうするつもりじゃったが、どうやらワシには…霊界の人間には、その資格はないような気がしてな…」
 陰鬱なコエンマの表情に、桑原は戸惑うばかりだった。
「それに、ことが終わったら、もとの通り、結界を張り直して欲しい。それは、ワシも手伝う。手伝うくらいなら、幻海も、そこで眠っている者たちも、許してくれると思うんじゃが…戸愚呂、お前はどう思う?」
「…俺はあんたに意見できるような立場じゃないんだがねぇ…まぁ、構わんのじゃないかねぇ…」
「…すまんな、戸愚呂」
 このやりとりに、桑原はさっきコエンマの言った『霊界は戸愚呂に借りがある』という言葉がわかりかけてきた。霊界の長であるコエンマが、一介の妖怪である戸愚呂に、ここまで気を遣わなければならない何かがあったのだ。
 そしてそれはどうやら、ここで眠りについている者逹と関係があるらしい、ということが、桑原にも薄々ながら感じられた。
「ちぇっ、しょーがねーなー、へいへい、わかりやしたよ、相変わらず、人使いが荒いぜ。ま、そんかわり、あとできっちりハナシは聞かせてもらうかんな」
 コエンマが硬い表情で頷くのに、桑原は結界の前に立ち、手を合わせた。
「わりぃな、ばーさん、ちょっと、外させてもらうぜ」
 言い置いて、髪を束ねている例の指環のような輪を外して右手の人差し指に嵌める。と、黄金の霊気がその指先に集中した。その指先を結界を押し当てると、薄い刃物で和紙が切られていくように、結界が切り裂かれていく。
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