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□神ではないが神の言葉を聴いた気がした
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例えば私は他人を傷つけないように、人と接するときには必ず壁を作る。

だが、彼女はどうかというと、人を傷つけ、そしてまた傷つけられて生きている。

人間もポケモンも、本来の姿とはこうなのかもしれないから、私はきっとおかしな人間なんだろう。

だが、私は人を傷つけるのが趣味ではないし、傷つけたくはない。またその逆も然り。

傷付けるのも傷つけられるのが嫌いだ。

どちらかといえば、傷つけられるのが嫌いだ。

人間もポケモンも、人を傷つけるくせに傷つけられるのは嫌らしい。



「ゲンさんって、何だか近付きがたい雰囲気がありますよね。なんて言うか、オーラ?」



彼女(女性という意味でも、付き合っているという意味でも)はそう言った。

確かにそのとおりで、私は他人に馴れ馴れしく近付いてきてほしくはない。

そのために壁を作り、そして他人の深い部分に足を踏み入れないようにしている。

私自身、自分の心の中に土足で踏み入れてほしくはない。

自分自身のこと、家族のこと、他にもたくさんあるけれど、私のことなど、知ってほしくない。

女の子は他人に興味を持ちやすい。

相手が男だろうと女だろうと、相手のことを深く知りたがる。

それは彼女も同じで、出逢って間もないころはよく私のことで質問を繰り返してきた。

さりげなくかわしていたつもりだったが、あまりにしつこい時には気付かぬうちに睨みつけていたらしい(謝られて気が付いた)。

まぁそれほどまでに、私は自分を知ってほしくはない。

私は一体誰なのか、今だによく分からないのだ。

私がゲンという名前で、波導の力を使えること、そして性別が男であることは理解している。

私が言いたいのはそういうことじゃなく、私は一体どこから来たのか、何を望んでいるのか、それが分からない。

それは、私が幼いころから見てきた夢のせいかもしれない。

私が初めてその夢を見たのは、確か4歳くらいのころだっただろうか。

夢の中で、私に似た大人が私に手を差し伸べた所から始まった。

青い、特徴的な帽子やマント、手袋などが印象的だった。

後に知ったのは彼の名前と、私と同じ波導使いであること。

彼はアーロンといった。

最初こそは私も自分そっくりの人間を見て興味が湧いたが、だんだんとそれはなくなっていった。

彼は私自身だと言った。

私がまだ幼いころ、人を傷つけたことがあった。

彼はそれを窘めた。

しかしその後、また同じように人を傷つけてしまったことがあった。

そのときの彼は、私を窘めるようにではなく、むしろ激怒した。

私はそれが怖かった。

それ以来、私は他人との間に壁を作り、距離を置くことにした。

たかが夢のはずなのに、何故だかそれに従わなければならないと直感したのは、初めて会ったときからだった。

あれからも彼は現れ続けた。

私の行動を逐一観察しているのだと言った。

少しして私も年齢的には大人になり始めていた。

ある日彼は私に、自分のことを話し始めた。

彼は数百年前の人間だと言った。

もちろん、普通ならそんなわけないとバカにするだろうが、私はそれができなかった。

何故だか、すべてを受け入れた。

彼が嘘を言っているとは思えなかったからだ。



「君は、私の生まれ変わりだ」



いつか彼がそう言った日があった。

そのとき私は、彼と私が似ていることに納得した。



「私は、人を傷つけたせいで大切なものを失った」



だから今度は君が、そうならないように、アドバイスをしているんだ。

彼はそう言って、私に人との距離を置くことを言ってきた。

私は素直にそれに従った。

それからも彼は、自身の経験談を話した。

それを聞いているうちに、私は彼の言うとおり、自然と人との距離を置き、壁を作ることをしていった。

彼は苦しんでいた。

後悔していた。

強い瞳、しかし悲しみともとれるその表情に、私は少なからず憐みの眼差しを向けた。



「ねぇゲンさん」



彼女は私を呼んだ。

いつもみたいに、彼女の相手をしてやる。



「この本、知ってる?」



そう言って差し出したのは、波導の勇者と書かれた本だった。

私は身震いした。

私の中にいる彼は、波導の勇者と呼ばれた人だったからだ。



「ここに出てくるアーロンって人が、ゲンさんにそっくりなの」



私は平静を装いながら、本当は冷や汗をかいて震えていた。



「もしゲンさんの中に、そのアーロンって人がいるなら・・・」



何を言い出すんだ。

私はきっと、もう誰から見ても分かるくらいに蒼くなって震えているだろう。



「ゲンさんもアーロンさんも、もう無理しなくていいのよ」



たった一つの言葉なのに、私は目頭が熱くなった。

恥ずかしながら、私は大泣きしてしまっていた。

彼女はそんな私の頭を撫でてくれた。

人と付き合うのが嫌いな私が、彼女と付き合っていたのは、きっと彼女のもとが安心できるからだとそのとき初めて気が付いた。






神ではないが神の言葉を聴いた気がした






彼女の前では、壁を作ることもなくなった。

あれから彼は二度と夢の中に現れることはなかった。



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