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□帰る場所もないのに
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おかしいと思った。アレが脱走するという噂を聞いて、嘘だと思った。今まで幾度となくアレは脱走計画を立てた。けれどそれは、自分が実行するためではなく、裏切り者が実行するための計画だった。頼まれればアレは楽しそうに計画を立て、実行に移させた。いつも失敗に終わった。それでもアレは楽しそうに、転がった死体を見つめていた。アレこそ冷酷な奴だと思った。そんなアレが、逃げ出そうとしているなんて、信じられなかった。



「ラムダからの情報では、アレが脱走計画を立てていると・・・」



アポロが言った。私はすぐに反論したが、アポロが首を横に振った。



「どうやら、今度はお遊びじゃないようですよ。本当に、自らが脱走するそうです」



アポロは表情ひとつ変えずに続けた。



「現場を押さえて、始末しましょう、情報が漏れてしまう前に・・・」



始末。そう、脱走した者は始末される。分かっている。私だって、幾度となく裏切り者を始末してきたのだ。裏切り者を殺すのはワケない。慣れている。だが今度は違う。アレを始末しなければならないのだ。脱走なんて有り得ない。何かの嘘だ。

アポロの部屋を出て、私は足早にアレの部屋に向かった。真相を確かめるために。私は誰よりもアレのことを知っていなければならない、上司として。

アレの部屋には、誰もいなかった。相部屋の人間もいない。何せ、まだ相部屋の人間はいないからだ。アレと同じ部屋の人間は必ず脱走する。その度に始末し、相部屋の人間は消えていく。この部屋が常に一人であるのは特別ではない。



「・・・どこに行った・・・?」



まるで長い間誰も使っていないかのような静けさがこの部屋にはあった。すべてが綺麗に片付けられていて、ベッドシーツはシワひとつない。まるでもう脱走した後のような、そんな部屋を後にして、アレが行きそうな場所を探した。

何故ここまで執着するのか、と思った。裏切り者は始末する為に探し出すんだ、と尤もらしいことを思いつつ、自分の中に別の感情があることは気付いていた。そんなバカな。この私が、そんな無駄な感情を持つだなんて。私は団内で最も冷酷と呼ばれた男、その私が。



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