教育実習生 坂田銀八

□3
1ページ/4ページ




「つーことで、メロスは3日以内に親友を助けに戻らなきゃならなくなったわけですが〜」


坂田先生の教育実習は、1週目も終わりに近付き。
授業内容は、相変わらず『走れメロス』。
大きく『メロス』と書かれたきりまったく活用されていない黒板の前で坂田先生が教科書片手に話している。


『メロス』って…。黒板にわざわざ書く意味あるんだろーか。
ていうか、文字がユルすぎて『メロヌ』に見えるんだけど。


「で、どーよ?お前なら、助けに戻る?」

いきなり指を差された男子生徒が「えっ」とたじろぐ。

「えーと…戻りますよ。もちろん」
「あ〜?マジでェ?嘘ついてね?ちょっと好感度上げようとか思ってね?」

「先生戻らないんですか?」
その隣の女生徒が小さく尋ねると、
「戻んねーよ。俺ァ信じてるからね。アイツなら自分の力で逆境を乗り越えられるって信じてるから」
と、よくわからない答えが返ってくる。

アイツの何を知ってるんだよ、アンタは。

「つーかよー、頭ワリーわ、メロス。もっとうまくやんねーとよー」
「うまく?」
「コッソリ城に侵入して2人で逃げちまえばいんだよ、こんなもん。赤外線の隙間をすり抜けるとか、警報が反応しないように屋上からワイヤーで降りてくるとかしてよー」

「…ソレ国家機関に属するスパイのレベルじゃないですか…」

グダグダな授業に通り越した呆れが、ついボソリと声になって出た。
敏感にその声を聞き取った坂田先生の目線が、僕に向けられる。

「よーし、宇都君。そのツッコミだよ。あとはもう少しキレがほしいね」
「…」

ツッコミだけマジメに指導されても。何一つ、役立ちどころがないんですけど。
ていうか何でツッコんじゃったんだ。不覚。


クラスからは、クスクスと小さな笑い声が起きている。
チラと後ろを見ると、腕組みしてパイプ椅子に座る小笠原先生は怒り爆発数秒前といった顔。
坂田先生も気付いてないわけないだろうに。あの青筋たった表情に。


いいんだろうか、教育実習生ってこんなことで。
いいんだろうか、受験生の大事な授業がこんなことで。


不安は募るけれど、かったるそうに慣れないらしいネクタイを指で引っ張りながら話す坂田先生の呑気な声を聞いていると、なんだかここ最近の焦りや緊張感すら、どうでも良いものに思えてしまいそうだった。







次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ