教育実習生 坂田銀八

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今週は、テストがある。

そう思うと、何だかいつも以上に足取りの重い月曜日。
週末の勉強も思うようにはかどらなかったし。
こうなってくると、学校に来て授業を受けている時間すら惜しいような気がしてくる。


くたびれたスニーカーのノロノロとした足取りが向かう先。
通いなれた校舎の校門脇に、坂田先生がしゃがみ込んでいるのが見えた。
校舎に入る前の一服といったところか。
名残惜しそうに短くなったタバコを吸いながら、相変わらずぼんやりと、どこかを見つめて。
通り過ぎる生徒たちの、いぶかしげな目を一切はばかりもせず。

また、あの目だ。
斜め上、ずっと遠くを見上げるような。
何かを見ているようで、何も見ていないような、そんな目。

僕は、つい、その視線を追った。
けれどそこに見えるのは、カラスが3羽とまった電線と、1本向こうの通りにある7階建てのマンションだけ。

何も、ない。

僕は視線を足元に戻すと、無言で彼の脇を通り抜けた。



大体勉強がはかどらなかったのだって坂田先生のせいなのだ。
机に向かい、集中力が少し薄れ出すと途端に彼に言われた台詞が頭をよぎる。

てめーの机の上だけで。

どうして引っ掛かるんだろう。その一言が。
否定してみたり、同意してみたり、忘れようとしてみたり。
これまでの自分を、振り返ってみたり。
どうしてその言葉に、そんな事をしてしまうんだろう。





「坂田先生。木村君今日も休んでるから、ココ空いてますよ」

昼休み。
いつものごとく教室に現れた坂田先生に、女生徒から声がかかった。
ワリーな、とその席に座って、コーヒー牛乳にストローを刺す坂田先生。

「何。どしたの、木村君」
「風邪だって。先週から休んでますよ」
「マジかい。べんきょー好きのもやしっ子はコレだからダメだね〜。ガリガリだもんね、木村君」
「先生、木村君はガリガリじゃないです。むしろ太めです」
「あれ?そーだっけ?つーか木村君ってどんな奴だっけ?」

そんないい加減な会話を周囲の生徒と交わす坂田先生。
教育実習も2週目だというのに生徒の名前を覚えている、もしくは覚えようとしている様子は、彼には見受けられない。

まぁ、実際に教師になる気はなさそうだし。
そこまで実習に本気出す必要もないのだろう。
力を抜いて当然と言えば当然のことだ。


だから僕も、坂田先生の言葉に意味を見出そうとすることこそ、無意味なことなのだ。
きっと、そうだ。







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