教育実習生 坂田銀八

□6
1ページ/6ページ




その日、3時間目の国語の授業に坂田先生の姿は無かった。
教室には小笠原先生だけがやってきて、今朝の出来事には一切触れることなく、授業が進められた。
そして昼休みにも、坂田先生はA組に姿を現さなかった。




「坂田先生、どうしたのかな」

会話もまばらな昼休みの教室で、誰かがポツリとそう漏らした。
食事をする手が止まる。顔が上がる。
互いの視線が自然と交わった。

「…やっぱ、小笠原先生に相当絞られたのかな」
「そりゃ、そうでしょ。だって、ありえなくない?教生なのに、あんなの」
「でも坂田先生、なんかちょっと…すごくなかった?」
「普段がグダグダ過ぎだからギャップでそう思うんじゃね?」
「…それもあるけど」
「でも、俺は、なんかうれしかったけど…」
「うん。なんか、ね」

次々と飛び火するように繋がった会話は、そこで途切れた。
教室が、静まった。
多分、今一人ひとりが、坂田先生の言葉を声には出さずに復唱している。
あの時あの場面で。
あの普段誰よりもやる気の無い彼が、立ち上がり声を出した理由を、探ろうとでもするかのように。
あの言葉が耳の奥から離れない理由を。
探ろうとでもするかのように。


「実習打ち切り、とかって有り得るのかな」

沈黙を破って、誰かがそんな事を言い出した。

「えっ」
「あるの?そんなこと。聞いたことないよ」
「いや、だって、普段からアレだし…。すでに相当怒られてたし、いつも」

う〜ん、と全員がうなった。

その言い分、ものすごく納得。
その可能性、ものすごく大。


彼が実習生としてこのクラスにやって来てから2週間。
授業内容最悪。担当教師からの評価も最悪。努力や一生懸命とはまるで無縁。
形式上「先生」とは呼ぶものの、「先生」だと思えたことなど正直無い。
今までに見たことの無い、とんでもない教育実習生。
さっさと3週間の実習期間が終わって、勉強の邪魔をされない平和な学校生活が戻ってほしいと、何度も思った。
でも。

「残り1週間…なんとか、ならないかな」

横山さんが、誰にともなく問いかけるようにつぶやいた。
誰からも返事は無かった。
けれど、誰もが同じ答えであることを、僕らは知っていた。


「…あのさ、ダメ元なんだけど…」

僕が口を開くと、下を向いてテスト勉強していた時以上に悩ましい顔をしたクラスメイト達がこちらに注目した。
ついこの間まで、自分のことで目一杯だったはずなのに。あのおかしな教育実習生の事で、こんな顔ができるなんてね。
なんだかおかしくて、つい笑いそうになる口元を僕は引き締め直した。

「やるだけのこと、やってみない?」






次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ