教育実習生 坂田銀八

□はじまり
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「えー、今日から3週間、このA組に教育実習生が所属することとなった」

ある朝の、いつも通りに始まるショートホームルームにて。

挨拶の後、教卓に立つ担任の小笠原先生が僕らにそう告げた。
そういえば去年もこの時期、教育実習の先生が来ていたのを思い出す。
特に珍しいことでもないが、短期間とは言え新しく加わる顔にやはり興味はそそられる。
下を向いていた生徒たちも顔を上げた。


「じゃ、先生、入って」

教室の入口に向かって声を掛ける小笠原先生。
ゆっくりと引き戸をすべらし、その教育実習生は3年A組に足を踏み入れた。


だらりと身に着けたスーツ。
ゆるめのネクタイ。
無造作に飛び跳ねる白髪頭を掻き、気だるげに傾いた立ち姿。


なんとなく、生徒全員が、ポカンと口を開けた。
見た目で判断してはいけないのかもしれないけれど…理屈ではわかっていても、それは、不可抗力というもので。

「自己紹介を」

小笠原先生に促された彼は、死んだように活力の無い目で僕らを見渡した。

「どうも〜。教生の坂田で〜す」

やる気の無い低いトーンの第一声に、教室中、さらにポカン。

「趣味はジャンプ反復読みと糖分過剰摂取。彼女は募集中で〜す」

なんだろう、コレ。この違和感。
これまで見てきた教育実習生にあった、緊張感とか覇気とか若さとか初々しさとか。
そんなもの、まるで皆無。
あまりにも、「教育実習生のお兄さん☆」という爽やかなイメージから、かけ離れ過ぎている。


「みんな大人しぃっスねぇ」

そう話しかけられた小笠原先生が、「アンタもっとしゃきっとしなさい」と小声で彼をいさめている。

「…ま、3週間お手柔らかによろしく。あ、俺、親しみを込めて『銀八先生』って呼んでもらって構わねーんで、そこんとこもよろしく」

そう付け加えた坂田先生と一瞬目が合って、僕は慌てて視線をそらした。

「あ、彼、学級委員の宇都だから。クラスのことでわかんない事があったら、彼に聞いて」

それに気付いてか気付かずしてか、小笠原先生が突然僕を指差した。


えええ?!僕?
このわけわからなそうな教生、僕に押し付けるんですか?!


そうっと顔を上げると、坂田先生がまっすぐにこちらを見ている。
そして、
「宇都君、よろしく〜」
と、間延びした声で手を振ってきた。

僕は形式程度に小さく頭を下げ、その後はずっと、下を向いていた。

受験が迫っているこの時期に、余計なわずらわしさは遠慮したいのに。
3週間という長さに軽い眩暈を覚えながら、深く深く漏れた溜息は、抑えようもなかった。

なるべく、関わらないようにしよう。
後はそう、固く心に誓うのみ。





これが、教育実習生、坂田銀八と僕らの出会いだった。







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