教育実習生 坂田銀八

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放課後。


図書室での勉強に一息ついて顔を上げると、壁の時計が17時を指していた。

もうこんな時間。
最近、時計を見ると気持ちが焦ってばかりだ。

勉強道具をカバンにしまい、図書室を出る。
玄関に向かおうと廊下を歩き出したところで、バッタリ坂田先生に出くわした。


「おー。まだいたの?」
「先生こそ」
「俺ァ、アレだよ。なんかこれから実習の計画案とかたてる話し合いだとよ」

そう言いながら坂田先生は、眉間にシワが寄るほど目を細めて僕の背後を見つめた。

「え〜と…『図書室』?何、お前、もしかして勉強してたの?」
「はぁ。一応」
「オイオイ、今時の受験生はスゲーなァ。ハードだね〜」
「…先生、もしかして目、悪いんですか」

さっきの目の細め方に疑問を感じて僕が聞いてみると、
「あー。なんか最近ヤベーんだよなァ。ジャンプの読み過ぎかな」
と答えが返ってきた。

ジャンプかよ。実は大学でマジメに勉強してるのかな、なんて思った僕がバカだった。

「やっぱさァ、モテるにはメガネよりコンタクトのがいいよね?でもコンタクトたっけーしな。金ねんだよな」

心底どうでもいい悩みを相談され、僕は「お先に失礼します」と横を通り過ぎようとする。

時間、もったいないや。



「宇都ォ」

その時、僕の背中に坂田先生の声がかかった。
僕は仕方なく振り返る。

「…なんですか」
「お前さ。学校、楽しい?」

え。

僕は少しの間返事ができなかった。
クラスメイトはいい奴ばかりだ。
同じクラスになったばかりの春には、教室でも廊下でも、笑いの絶えないクラスだった気もする。
でも。
今は仕方ないし。
楽しさを求めて学校に来ているわけでもないんだし。
そんなの、どうだって、いい。


「楽しいとか、そんなこと言ってる場合じゃないですもん。今は」

僕はそれだけ答えて、坂田先生に背を向けた。
背中に、いつまでも視線を感じたけれど、振り返ることなく歩き続けた。






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