教育実習生 坂田銀八
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「…あの、坂田先生」
唐突に僕の目の前でそんな呼びかけが聞こえたから、つい坂田先生でもないのに顔を上げてしまう。
坂田先生の横に立っていたのは、横山さん。うちのクラスでも、おとなしめの女子。
「あー?」
窓の外に向けられていた先生の視線が、彼女に向けられる。
「あの、この問題どうしても解けなくて。教えてもらえませんか?」
小さな声でそう言って、彼女は分厚い数学の問題集を差し出した。
そうか。そうだよね。
昼休みに先生が教室にいることなんて、基本無いんだから。
ポジティブに考えれば、有効に活用させてもらえばいいわけだ。
めちゃくちゃとはいえ、大学生で教師見習いなんだから。この人だって。
と、思ったのも束の間。
「いや〜俺ホラ、国語のティーチャーだから。ヨソ様の教科にまで手ェ出したらさァ、なんかこう…アレな感じになんじゃん?つーわけだから自分を信じてがんばって」
坂田先生は、問題の内容を見ることもなく、あっさりとそう拒否した。
いや、別にわかんねーわけじゃねーよ?とか聞いてもいない事を付け加えながら。
たしかに、坂田先生は国語担当で実習に来ているわけで、数学の質問なんてルール違反なのかもしれないけれど。
それにしても、こうもスピーディーに断られるとは予想外だったらしい横山さんも、困惑気味に言葉を失くす。
「や…でも、坂田先生、現役大学生なんだし、ちょっとくらい見てくれても…」
つい僕が口を挟むと、
「現役大学生的には、実習の範囲にねーこと求められてもねェ。つーか昼休みだし。時間外労働?」
なんとも冷たい答えが返ってきた。
その割り切りの良さには、腹立ちを通り越して呆れしか出てこない。
それ以上何を言う気もなくして、関わるまいともう一度自分の勉強に戻ろうとした。その時。
「そんなん言うなら、おめーが教えてやりゃいーじゃねーか。クラスメイトなんだからよ」
至極当然といった面持ちで、坂田先生がそんなことを言い出した。