教育実習生 坂田銀八

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昼休み。

横山さんは僕の机にまた数学の問題を聞きにやって来た。
僕も教えてほしいところがあったから、ちょうどいい。

「なによ、おめーら。もうこのままできちゃいそーな勢いじゃね?」

僕の向かいでチョココロネをかじる坂田先生の横槍はスルー。
後ろからは、同じように頭を寄せ合い、机を合わせて勉強するクラスメイトたちの声がいくつか聞こえてくる。
何日か前までは、誰一人自分の席から動こうとしなかったというのに。


「いいなぁ。宇都君は数学得意で」

横山さんが数字の羅列されたノートを見ながら溜息交じりにそう言った。

「え、でも文系はガタガタだけどね」
前回の英語の点数を思い出しながら、苦い思いで答えると、
「だって、獣医目指してるのに理系苦手、なんてマズイよね?私」
不安そうに横山さんが顔を上げる。
「へー、そうなんだ」

特別に親しいというわけでもない間柄なのだから、当然といえば当然だけれど、そんなのは初めて聞く話で。
いや、彼女だけじゃない。
今こうして受験勉強に励んでいるクラスメイトのうち、目標を知っている奴なんて、いないよな。そういえば。


「宇都君は?いつも一生懸命だけど、何か目標があるんでしょ?」
「えっ。いや、え〜と…」
僕はつい、口ごもった。

「オイオイ、ついに夢語りだしちゃったよ。本格的青春学園ドラマ目指すんですか?青い春にアミーゴですか?コノヤロー」

そう口を挟んでくる坂田先生の冷ややかで小憎らしい物言いに、なんだか急に恥ずかしくなって、
「無いですよ、別に。夢とかそんな」
と、僕はつい否定した。

「あ〜?じゃあ何よ。何が楽しくて、んな必死こいてべんきょーしてんの?宇都っち、Mな感じ?」

いぶかしげに眉を寄せる坂田先生。
僕はそれ以上何も言い返せなくなってしまった。

何のために、って。
…テストで良い点を、とるため?
目標なんて、そういえば。
最近、考えた事もなかった。

さっきまで、あの問題がどうだ、この公式がわからない、と言葉を交わしていたクラスメイトたちも、ほんの一瞬静まった気がした。
多分、みんな、同じ事を自問自答したんじゃないか、なんて。
僕の勝手な想像だけれど。


「ま、いーや。俺にはかんけーねーし」

坂田先生は本当にどうでも良さそうにそう言うと、それ以上僕の答えを待つでもなく、後ろ頭で手を組み、目を閉じた。






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