教育実習生 坂田銀八

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「…坂田先生」

教室の前の戸がガラリと開き、入ってきたのは小笠原先生だった。
あれ?まだ昼休み、終わっていないのに。


「はい?先生も昼メシっスか?」

呑気な声を出す坂田先生を見下ろしながら、小笠原先生は手に持ったものを突き出した。

「この実習日誌!書き直し!」
「え゙え゙?!書き直しって、そんなご無体な」
「ご無体でもなんでもないよ!何だこれは!こっちが黙っていれば、初日からどんどん文字大きくしやがって!昨日なんか2行分のスペース使って1行分の文字、って、ズルしすぎだ!こんな日誌見たことないよ!」

小笠原先生が開いたページの文字は、たしかに、小学1年生のひらがな練習帳?みたいな大きな文字が並んでいる。
スペースを埋めるための作戦なんだろうけれど…あからさますぎだ、それじゃ。

「いや、その位の方が老眼にも優しんじゃねーかな〜と思いまして」
「俺はまだ老眼じゃない!」
「…ハイ。すんません」

それ以上の反論は諦めたらしい坂田先生は、椅子に座ったまま引きつった顔で下を向き、小笠原先生のガミガミを聞いている。
僕たちは、知らぬ顔でそれぞれ勉強しているフリ。

10分後。
「今日中に全ページ書き直して再提出!」
そう言い残し、小笠原先生は教室を出て行った。


その背中を見送った後、静かに勉強を続ける僕らを見渡した坂田先生。

「…おめーら、マジでちょっとも助けてくんねーのな」
ポツリとつぶやいた。

その情け無い物言いに、とうとう堪えきれなくなり、教室中が笑い声を上げた。

「だって、自業自得じゃないですか」
「冷てェよな〜。黙って見てるかよ、フツー。お前ら、アレだよね。絶対1人で逃げるタイプのメロスだよね」
「先生だって、俺は助けに戻らない、って言ってたくせに」

そーだそーだ、と全員深く同意。

「冗談じゃねーぞオイ、書き直し。俺の放課後の予定がダダ狂いじゃねーか。あ、宇都君、実習日誌書く貴重な経験とかしてみたくない?」
「してみたくないです」

僕が笑ったまま冷たく突っぱねると、坂田先生はがっくりと肩を落としながらタバコをくわえて、また「…違う違う」と言っていた。




やれやれと溜息をついて顔を上げながらも、まるで実習日誌に手をつけようとしない坂田先生の死んだ目の見る先を僕はもう一度追ってみた。

窓の外には、何も無い。
無機質なアルミサッシの窓枠の向こうには、ただ青く、てっぺんなど無い様に広がる。それは。

ああ、そうか。
空が見えるんだ。


今日は、こんなに、天気が良かったんだ。









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