教育実習生 坂田銀八

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テストなんて、いつもそうだが始まってしまえばあっという間だ。
それまでの準備期間に感じた長さからすれば、驚いてしまう程に。
こんなもんか、と、安心と怖さがちょうど半々に心を占めて、終わる。いつも。

そしてなんてことなく、また始まる普段通りの朝。



朝のホームルームにやって来た小笠原先生が挨拶の後、僕らをぐるりと見渡した。

「テストの結果、今日あたりから各教科とも返ってくると思うが…」

不意に、緊張感。
もう?早いな。
終わったばかりなのに。

『物事、結果がすべて』
前回のテスト後、小笠原先生に言われた言葉が頭の中に蘇った。


教卓に両手をついた小笠原先生は、教室中の静かな注目の中一つ溜息。そして、
「ダメだ」
そう、言った。

みんなの頭が、周囲でゆっくりとうつむくのがわかる。
みんなだけじゃない。僕も。
机の上に、視線が落ちる。
これが終われば何か見える、なんて。
結局は前と同じ、か。

「前回より多少クラス平均は上がっているようだが…それでも去年のA組には及ばんぞ。こんなことでどうする。受験が間近だという自覚が足りんのじゃないか?」

みんな結構頑張っていたと思うんだけどな。
けれど、それだけに落胆も濃い。
やっぱり間違っていたのだろうか。
この時期に、無駄に友人と笑い合ったり、勉強を教え合ったり。
そんなことは、余裕のある人間がやることなのだろうか。
自分一人の中で鬱々としていた思いが、少しだけ晴れたような気がしていた。
けれどそんな事は、追われる日々から逃げたいだけの、甘い考えだったのだろうか。


「言っただろう。物事結果がすべてだ。気のたるみが結果に出ている証拠だ。無駄な時間の使い方をしているからこんな事に…」

「あの〜。ちょっといいスか?」

厳しい口調で僕らに述べていた小笠原先生の言葉を、場にそぐわない呑気な声が遮った。
みんな、驚いてその声の主を振り返る。
教室の一番後ろ。
パイプ椅子でホームルームの様子を見学していた坂田先生が、小笠原先生をまっすぐ見てだるそうに手を挙げていた。

「なんだ。今、大事な話をしているんだ。質問なら後にしなさい」
「や、質問とかじゃねーんスけど。結果がすべてっつーんならコイツら、いいセン行ってたんじゃないスか?」

唐突な坂田先生の言葉に、小笠原先生の顔が呆気に取られたように固まり、そして徐々に怒りの色が浮かび出した。

そりゃあ、そうだ。
急に話の腰を折られて、しかも、自分の意見を否定されているんだから。
教師ですらない、ただの教育実習生に。


「アンタが口を挟むとこじゃない。関係無いから黙っていなさい」
「まぁたしかに関係ないんスけど」

坂田先生は一旦言葉を切り、よっこらせ、と立ち上がる。
そしてそのいつでも眠たげな目線を生徒たちにゆっくり走らせた。

「え〜とそこの…横山サンだっけ?」

不意に指をさされた横山さんが、目を丸くして坂田先生を見上げた。

「理系苦手、とか言ってた割に、数学だけ今回すげー上がってましたよね。彼女」
「…」

黙っていろという命令にも従わずそんな台詞を投げ掛けてきた坂田先生に、小笠原先生の顔には再び怒りより呆気の色が濃くなり始める。

「あと、ちょっぴり太めの木村君?風邪で3日も休んで全然ダメ〜とか言いながら前回よりいい点取りやがるし。いるよね〜、そういう奴。それから宇都君」

え?僕?

坂田先生が僕を見る。いつも空を見上げている時と同じ、遠くに向けられているような目が僕を捕らえた。

「『苦手科目克服しないと意味ない』とか、デケェ口叩いてやがんな〜と思ったけど、かましてくれんじゃねーの。英語、クラスで1位だとよ。ま、その分他の教科ガッタガタだから平均最悪みてーだけど?」


苦手な英語を克服しないと、なんて。
そういえば最初の頃、坂田先生に言ったかもしれない。
でも、言った本人すら忘れている何気ない言葉を、なんで覚えているんだろう。
というより、どうして、今回のテスト結果だけじゃなく、前回の結果まで。

やっぱり、この人は。





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