教育実習生 坂田銀八

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「…何が言いたいんだね」

歯噛みをするような表情で、それでも苛立ちを抑えるように静かに。小笠原先生が言った。

「どいつもこいつも、てめーに勝てたんなら結果は悪かねェと俺ァ思ったんで。そんだけスよ」

そして坂田先生は、
「…ってコレ全部小笠原先生の受け売りみてーなもんスから俺が言うまでもねーっスよね」
と、意味ありげに口元に小さな笑みを浮かべた。

小笠原先生の、受け売り?
…それって、どういう意味なんだろう。



静まり返った教室。
生徒の目が、教室の後ろの坂田先生と、教卓の小笠原先生との間を何度も行き来した。
話題になっているのは自分たちのこと。
けれどどうして良いのかわからずに、ただただ2人を見上げる。


「つーかおめーらもよォ」

そんな僕らを、坂田先生がぐるりと見渡した。

「なんも終わっちゃいねーのに終わったみてーなシケたツラしやがって。ティーンエイジャーのくせに老け込んでんじゃねーっつーの。あん?コラ」

首を曲げてすごむように僕らに語りかける坂田先生は、まるで自分が教育実習生だという事を忘れているようだった。

「間違いなんざ油性マジックだろーが修正ペンで直しちまやァいんだろーが。デコボコでちったァみっともねーがよォ、折れねーくれェ分厚くもなんだろ。やり直しきかねーことなんざそうありゃしねんだよ」

やり直し。
そんなこと、考えた事もなかった。
1回1回の結果しか見えていなくて。
次のことなんて、考えてもいなかった。
このテストに失敗したら。
この受験に失敗したら。
頭にあるのは、いつもそれだけで。

『本番じゃねんだし』

あの言葉は、どうでも良くて言っているわけじゃ、なかったのだ。



「…もういい。実習生のくだらん説教など聞く気にもならん。」
小笠原先生の低い声。握った拳が、微かに震えているように見えた。

しばしの沈黙の後
「ホームルームを終わる」
そう告げて、小笠原先生は教卓に背を向ける。
そして、
「坂田先生。職員室に来なさい」
そう言い残すと、ピシャリと教室の戸を閉めてA組を出て行った。



「あらら…。来なさいって言っておいて戸閉めちゃったよ。やべ〜、相当キレてんな、アレ。かなり怒られんのかな〜、俺」

坂田先生が引きつった笑いで、頭を掻きながら歩き出す。

「先生、あの」

僕が立ち上がり声をかけると、坂田先生は振り返って
「もしかして今日ならキレすぎて倒れてくれんじゃね?」
と一言。
そしてその背中は、ゆっくりと閉まった戸の向こうに消えた。










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